第13話 親父さん

親父さんの容態について手紙が届いたのは、まさに親父さんが毒を飲んでから5日目のことだった。

手紙によると、親父さんは今、軍が管理している毒治療専門の施設にいるらしい。

近日中にその施設から一般の診療所に移るとのことだ。

住所を見ると、場所は王都だった。


伏せっていたはずのヴィンナ亭のおかみさんは、突然ドタバタと階段を降り始め、何にも持たずに家を飛び出そうとした。

「落ち着けって、お袋。王都まで馬車でも1日はかかるんだぞ!」

とキースが取り押さえた。

そんなところへ私もばったり、いや様子を見に来たところで出会したので、事情を察しながら一緒におかみさんを止めた。


「親父さん、無事だって?」

「その辺りのことは書いてないんだ。」

容態が安定した、としか書いてないらしい。なるほどそれはたしかに気持ちがはやるのはわかる。

私がおかみさんをギュッと抱きしめると、おかみさんの体じゅうからふっと力が抜けてその場に座り込んだ。あまり食べずに寝込んでいたんだから衰弱していて当然だ。気持ちが先走っても、体がついていかない。

おかみさんは何も言わずにそのままうつろな目をして空を見上げていた。


キースはこちらへ向き直り、

「俺、お袋と二人で王都に行くよ。」

といった。

私もうなずいた。

「俺は王都まで行ってくれるように馬車を頼んでくる。」

「じゃあおかみさんは私と一緒に支度をしよう。何日かかるか分からないから、着替えも何着かね。」

というと、キースは戸口で振り向いて言った。

「身軽にしていけよ。馬に飛ばしてもらわないと。」

「でも、親父さんの服とかいろいろ、必要じゃない?」

「そんなの、向こうで買えばいい。」

「でもそんなお金・・・」

というと、

「軍からそこそこの金をもらってある。それにまさかこれで全額ってわけじゃないだろ。」

と言い捨てて出て行った。


軍はキースの家にも補償金を置いていったらしい。

確かに、お金があったからって親父さんが帰って来るわけじゃないんだから。

こんな時にこそ使わなきゃ。キースの言う通りだと思った。


「おかみさん、そんなんじゃ王都までもたないよ。親父さんに笑われちゃうよ」

と、おかみさんを励ますべく、私は勤めて明るく言った。

おかみさんに反応は無い。

「よかったね、親父さんが無事で。また会えるよ。だからさ、ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、親父さんに会いにいこう?」

すると、おかみさんの目から一筋の涙がこぼれた。

「・・・無事なんだね。」

一言言うと、どんどんと涙が溢れて、しまいにはびっくりするほど泣きじゃくり始めた。

私もつられて涙が出る。

二人して緊張が解けた。

確かに親父さんの命は繋ぎ止められた。


日付の変わらないうちに、キースとおかみさんは村を出発した。

衣服は防寒具も含めてキースの言う通り最低限、それととりあえず食べる物と水を2、3食ぶん手配して馬車に積んでやった。

馬車だって金に糸目はつけていられない。とにかく早く王都まで行く馬車を借りてきたようだ。

御者台には近所で蹄鉄鍛冶職人をやってるダンさんが乗っている。

キースが馬車屋にいたときにたまたま居合わせたらしい。キースは自分で御者台に乗るつもりだったらしいが、

「そんなおめえ、青い顔して乗ってたら着くものも着かねえよ。」

と口調は乱暴ながらも心配し、御者を買って出てくれたとのことで。


「ありがとうね、ダンさん」

と私は暖かい肉まんじゅうと、少しのワインが入った瓶を渡した。

ダンさんはニッカリと黄色い歯を見せて、「まかせろ!」と笑った。


私は最後にキースの顔を見ると、

「そんなに俺たち心配そうに見えるか?」

と眉をひそめながら笑った。

「そんなことないけど・・・」

気を張ってるキースのことを支えてやれないかと思うと、不安が残る。

キースは私の頭の上にポンと手をおいた。

「あのさ、帰ってきたら・・・」

とキースは口籠る。

「帰ってきたら、何?」

と私が問いかけるが、なんとなく判然としない。

「何よ、はっきり言いなさいよ。」

「いや、いいや。」

といい、キースは私の頭を何回も叩き、髪の毛をいっそうくしゃくしゃにした。


「何よ、何??」

私が混乱しているのを見てか、キースが明るい顔になった。失礼な。

「お前も、一人で大丈夫か?気を付けろよ。」

「わかってるよ!」

と私はつい大きい声をあげた。


帰ってきて欲しい。親父さんと一緒に、できるだけ早く。


日常が戻ってきて欲しい。

うちの親はどっちでもいいけど、ヴィンナ亭が元どおりになって欲しい。


馬車はダンさんの掛け声とともに、王都に向けて出発した。





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