第11話 両親の旅

家に戻ると、両親が右へ左へ忙しく歩き回り、旅行の準備をしている最中だった。


「本当だったんだ・・・」


我が家のワイン蔵にあるワインを根こそぎ買い取られてしまい、私は仕事がないと絶望していたのに、懐が暖かくなったとホクホクの両親は「旅行に行ってもいいね」なんて冗談めかして言っていたのに。


「だって、うちにいても何もやることがないのよ。」

と浮かれ気分でつばの広い帽子の形を気にする母に、

「そうは言っても・・・」

と、反論しようとする私を、

「カレン、ただの旅行じゃないんだよ。」

と、父が真面目な顔で止めた。


「今回のことで、今年のワインの仕込み量のを増やさなくてはならないからね。」


あっ、と私は声を上げた。

明日売るワインはもちろんないわけだけど、ただ大人しく待って季節が移り変わるのを待っていてもどこからかワインが降ってくるわけじゃない。

自分たちでワインを仕込まなくてはいけない。


「すでに昨年から契約している農家からは例年通りの葡萄を購入できるだろうが、ここから5年、10年寝かせる樽の分も含めて、今年はいつもより多めにワインを仕込まなくちゃならない。だから、この資金を元でに農家を回って、早急に葡萄の確保に回りたいんだ。」

「早急に?」

「そうだ。おそらく他のワイン蔵でも同じことが起きている。だが、今年収穫される葡萄の量はもう決まっているわけだからな。」


農家が何年も前から収穫量を決めて木の手入れをして育てているのだから、確かに突然「来月ぶどうをたくさん購入したい!」といっても、ないものはない。


「じゃあ、値段も上がるね。」

「そうだ、仕入れるぶどうの値段から、来年のワインまで全部値段が上がるぞ。」

「確かに・・・」

「そうなる前に、ある程度買取の目処をつけて、値段を釣り上げない契約をしてきたいんだよ。」


なるほど、言い分はわかった。


「しても、私に何か相談の一言もないわけ?」

「だって、行くことには変わりないのよ?だったら早めに準備したほうがいいじゃない。」

と幾つものドレスをひらひらと鞄に仕舞い込む母。あなたは一体どこへ何しに行くつもりなのか。


ふう、と大きくため息をついた。

「だったら、新しい樽についても同じことが起こるから、それも一緒に確保してきて。葡萄ばっかりあっても、樽がないんじゃ仕方ないし。」


「おお!そうだよな。新樽の確保もだな。」

と父がポンと手を打つ。

「カレン、お前は付き合いのあった居酒屋から古樽の回収をしていてくれ。付き合いがない店でも構わないから。それも大切な仕事だぞ。」

とまるで小さな子どもにさも重要なお使いを頼むかのような口調で言った。


「私はその間、どうやって暮せばいいの?」

「え?ヴィンナ亭のお手伝いでもしてればいいじゃない?」

能天気というか、母とは一層話が通じない。

「だから、そのヴィンナ亭が大変だから、こんなことになってるんじゃない!!」


「確かにそうねえ。」

と母は首を可愛らしく傾げた。


紹介が遅れたがうちの母は、はっきり言って年齢にそぐわない容姿をしている。

若いのではない、若作りをしているのだ。

花盛りの少女のようにドレープがたっぷりつかわれた膝丈のワンピースを身につけ、長い髪をまとめるのはワインの仕込みの時だけ。毎朝小一時間は鏡の前の座り、ああでもないこうでもないと見た目について試行錯誤している。

私は幼い頃からその姿を見て、全くの反面教師としている。

決して自分が試行錯誤をしても可愛くならないことをひがんでいるわけじゃない。決して。違うよそこのところは本当に。

家事や仕事をするのに効率悪いな、とおもうのだ。

そして母は私の外見にも興味がない。

動きやすい髪の結い方や服装を教えてくれたのはヴィンナ亭のおかみさんだ。


だけどそこのことで別に母を恨んだりとかはない。

うちの母はそういう生き方しかできないんだと小さいながらに悟ってしまったのだ。

そして過干渉に綺麗な格好をしろと言ってこないことについてのみ感謝している。


「確かに、ヴィンナ亭についても、ちょっと考えなくちゃいけないわね。」

と窓の外遠くを見つめながら母はいった。

「ちょっとって何?」

私の問いにもう一度母は首を傾けて、

「カレンがお世話になってるしねえ。」

あ、そのことはちゃんとわかってるんですね。

「私もなんとかしてあげたいとは思ってるのよ。今回のことは本当に運が悪かったとしか言いようがないわ。だからね。」


と母は珍しく私の目を見ていった。


「今回のことは、自分のせいだなんて思わないようにね。カレンが背負い込むことなんてないんだから。」


とだけ言うと、自分は全く何も背負い込んでいない身軽な後ろ姿を見せた。


この能天気な、頼るところなんて全くない母に、自分の気持ちを見透かされたようでぐっと黙ってしまった。

だけど、見透かしてくれるのであれば、私もこの町からでてどこか遠くへ行きたい、という気持ちも見透かしてくれればよかったのに。

だけと親と旅行がしたいわけじゃないし、むしろ親と離れたいし、一歩踏み出す勇気というのがないし、どこか遠くのどこかって一体どこだろう、とか。


くだらないことをグズグズ考えているうちに、身軽な両親は旅支度をどんどんと整え、翌日の朝には馬車を一頭仕立てて、出て行ってしまった。










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