第8話 国王の天幕2

「とにかく、大事な家族が生きるか死ぬかってときに、お金だけ渡されても何の解決にもならないってことを言いたいんです!」


と、私は話を逸らしつつも、必死に訴えた。


「ヴィンナ亭は毒入りのワインがあった店として多くの人に知られてしまいました。それに、ヴィンナ亭は国王がお忍びでくる店だということが既に敵国に知れ渡っています。今後、あの店を再開させたとして、客が来るでしょうか。私だったらそんな店に行きたいとは思いません。ヴィンナ亭は生活の手段を失ったのです。それもこれもみんな全部軍のせいです。どうしてくれるんですか!」


一気に捲し立てた後、ライツを睨んだ。


「ということを、国王様に直接言ってやりたかったんです。」

「それで?」

と、ライツが次に私を睨んだ。

「は?」

と受けて立つ姿勢を見せる。どうせ何にもないんだから、ここで不敬罪で逮捕されたって同じだ。


「それで、我々に何をしろというのだ?」

「何をって・・・」

「店主の治療は軍の出来うる限りの技術を持って当たっている。容態に変化があれば報告する用意もある。既に起きてしまった事柄に対して最大限の保証を行うつもりではあるが、その上、家族でもないお前が何を望むのだ?」


受けて立つ、と思ったが、早々に口籠ってしまった。

「えっと・・・」

「国王を守ったという名誉があれば満足か?勲章でも与えてやろうか。だが、陛下に提案することは可能だが、それで生活をしていくことはできないだろう。」

「そんなものが欲しいわけじゃありません!」

「ではなんだ、この国ごと脅して、一生湯水のように使えるだけの金を巻き上げるか?そうなればまあ、それ相応の手段を取ることもあるだろうな。」

「それ相応って・・・」

「口を塞ぐこともできるということだ。そこまでのことは望んでいまい。」


口を塞ぐってことは、殺されるってことだ。

私の顔がサッと青ざめたのを見て、ライツがフンと鼻を鳴らした。


「例えの話だ。お前たちが何を望んでいるかは知らんが、感情に任せて怒鳴り散らしたところで何の解決にもならん、ということを言っているのだ。」


確かに怒鳴ってみたところで、何かが元に戻るわけでじゃない。

今までの生活は、決して誰にも負けないとか、全てが満ち足りていたわけじゃない。特に両親への不満はたくさんあったけど、それを受け止めてくれる人たちもいたし、ある意味親が自由にさせてくれていると思えば好き勝手できた。仕事もあったし、寝る場所も食べることにも困らなかった。


そして、働いた後のご褒美のピアノがあった。


ピアノは一人で立って弾ける。

だけど、毎日の生活は、暖かく迎えてくれていた親父さんは、お袋さんは、あの店は戻ってくるのだろうか。


きっと完全に元には戻らない。


国王様とか軍とかって人たちから見たら、小さな村の小さな飲み屋が一軒潰れただけで、国王様の命が守られたという事実以上のものは何もないだろう。

金での保証。

それ以外に何もない。

確かに理屈ではわかる。でも。私たちはそこに生きているのに。

代わりなんてないのに。


「陛下は寛大にも、被害にあった者たちの気が済むようにしろ、ということをおっしゃっている。お前も家族だということであれば、お前にもそれ相応の・・・」

「家族じゃないです!恋人でも婚約者でもなんでもないんです!」


これについては堂々めぐりになりそうだ。


「そうです、私は家族じゃないので、そのお金とかそういうのはもらえる立場じゃないんです。だけど、その今日来たのは、お金が欲しいとかそういうことではなくて・・・」


なんだっけ。

感情で頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。


「側女の話か。」

と、ライツが話をむけてくれた。


「そう、そうです!私はその話を・・・」


と、ミリガンが私の話を遮った。

「その、先ほどから側女という話が出ておりますが、まさかその娘をライツ様の・・・」

「私ではない。陛下のだ。」


と聞いたミリガンがびっくりして

「私は聞いておりませんが!」

と叫んだ。

「こんな平民の娘をですか?しかも女性と言うには大柄な・・・」

「控えろ。陛下のご意向だ。」

「ですが・・・」

と私をじろじろと見る。

私だって、自分が女性として優秀な外見をしていないことくらいはわかってるよ。失礼だなこの人は。


「心配してもらなくても大丈夫です。今日はその話を断るつもりでここに来ました。」


私がはっきりと、大きな声でそういうと、ライツとミリガンが驚いた顔をしてこちらを見た。

「それはどういうことだ。」

と静かに問い詰めるライツとは対照的に

「陛下の側女だぞ!何を考えているんだ!」

とミリガンが私の近くまで詰め寄る。

「平民にとっては名誉なことではないか!子を成したとなればそれこそ合法的に一生の生活を保証されるのだぞ!」


あなたさっき、私が側女になることに否定的な態度ではなかったでしたっけ・・・


「落ち着け、ミリガン。既にこの件については陛下と相談をし、私に一任していただけるように話がついているのだ。」


と、ライツはミリガンを元の位置に戻らせ、居住まいを正した。


「そなたが側女として城に上がる気がない、というのはよくわかった。あの店主の息子のことが心配でならないということだな。」


「はい。」

わかってくれたか、と返事をした後で、

「あれ?店主の息子?あの、ですね。」

と、どうしても解消されない間違いについて訂正を求めようとしたが、言葉を遮られてしまった。


「ミリガンは子を成すだのという話もしたが、お前を側女にと言い出したのは、女性的魅力は・・・まあもとより、お前の知識と洞察力を高く評価してのことであった。だがそのためだけに、全く礼儀作法が身についていない平民を側女として囲うというのも現実的ではない、ということは陛下に申し上げたのだよ。」


と、ライツは少し安心したような、疲れたようなため息をついた。


「陛下はお前のことをだいぶ気にかけておられたようだが、お前が城に上がることがためになるかというと、そうではないだろうという結論に達した。陛下にはすでに多くの側女がおり、陛下の身の回りの世話は事足りておるのだ。加えて今度正室として輿入れされる北の国の姫君は身の回りの者たちにも厳しい方だと聞いている。」

「えっ、国王様、結婚するんですか?」

「近いうちに成婚の予定であったのだがな。前国王が急に亡くなられて即位と相成ったものだから、后もなく外交を行うわけにもいかないだろう、と前倒しになったのだ。」


そうか、国王様結婚するんだ。


「お前自身も城に上がる気がないというのであれば、これ以上のことはないな。今後のことについては出来る限りの支援をしていきたいと考えている。もちろん店主の容態に変化があればそれも知らせる。当面それで問題がないか?」


側女になることのお断りができて、親父さんのことについても心配してくれるのであれば、もう仕方ない。


「わかりました。」

「ご苦労だったな。下がっていいぞ。」

と、ライツがいうと、ミリガンから小さな皮袋が渡された。


「これは・・・」

「手間賃だ。とっておきなさい。」


と握らされた。

金の問題ではない、と言いつつも、金で解決か。

と思った時、一つ思い出したことがあった。





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