第7話 国王の天幕1
昼の鐘がなった。
いつもなら昼の鐘のまえにお腹がすくのだけど、今日はすかない。
しかし習慣とは恐ろしいもので、鐘がなったら、なにかを口に入れないといけないとつい思ってしまう。
ちょっと待ってて、キースに言い残し、私は一人ヴィンナ亭をでて、肉まんじゅうを3個買って帰ってくる。ほかほかのやつを紙につつんでくれるおじさんはいつも通りの笑顔。いつもはこれと暖かいお茶を買い、道端で食べてから次の配達へと出かけるのだ。
買ったうちの二つをキースの前に置き、私は一つをほおばる。
「おばさんと食べて。」
顔を上げたキースをみて、私は店の出口へ向かう。
「どこ、いくんだよ。」
というキースの問いかけに私は答えた。
「国王様のところ。」
食べるということは、とても偉大だ。
さっきまで絶望の淵にいて不安と涙と鼻水しかでてこなかったのに、
身についた習慣にながされるままに食べた暖かいものは、途端に私に行動する活力をあたえ、怒りを思い出させてくれた。
そう、私は怒っている。
村の北口から、遠くに国王軍の天幕の集団が見えた。
そこには草原が広がっている。今回のような軍行の野営や、キャラバンのキャンプに頻繁に利用されている場所だ。
見渡す限りの草原に軍の天幕が張られている。いったいどのくらいの人数で移動しているのだろうか。
そのうちのいくつかはすでに幕が取り払われ、骨組みだけになっていたり、すでに中身があらわになっていて、荷物を馬車へ積み込んでいるところだった。
私は一番近くにいた軍人さんに名乗り、国王様の天幕まで案内してもらった。
国王様は天幕まで来い、とだけ言っていたので気軽に言ったら会えるのかと思っていたけれど、いろんな人に何回も名前を聞かれ、武器を持っていないか何回も体を確認されて、いろんな人を経てやっと天幕の前まで来ることができた。
「入れ」
と低い声が聞こえ、天幕の一カ所の布がサッと上がった。
私は少しかがんで布をよけ、中に入る。
「よく来た。」
そこにいたのは国王様ではなかった。
昨日国王様の隣にいたおつきの人だ。たしか、ライツと呼ばれていたような気がする。青い軍服に一つの汚れもない軍人さんだ。
国王様も流れるような金髪でみとれるようなお顔だったけども、美しい銀髪をなであげてあり、堀の深い顔がやはり美しい。
その隣には緑色の服を着た人が一人。そして奥に灰色のフードを目深にかぶった人がもう一人立っている。緑色の人は軍人というより役人という印象をうける。奥のフードの人は顔が見えなくてよくわからない。
緑色の人に
「跪け、挨拶せよ」
といわれたけれど、偉い人にする挨拶なんてしらない。ちょっと嫌そうな顔をすると、ライツが手を振り言った。
「客人だ。椅子を。」
緑の人は眉をしかめたが、仕方なさそうに開き足の簡易的な椅子を私のまえにドンと置いた。
平民に対しての態度があからさますぎる。
「国王様はいらっしゃらないんですか?」
というと、ライツが
「そのことについても説明をする。」
と言ったので、私は緑の人に対抗するようにその椅子にドン、と腰を下ろした。
あらためて、とライツが話を始めた。
「陛下の親衛隊筆頭である、ライツ=カーディナルだ。改めて昨日の件について、謝罪と感謝を申す。」
と軽く頭を下げると、話をつづけた。
「先日は陛下が気軽に『天幕にこい』などとおっしゃられたが、通常であればただの平民であるお前と国王がこのようなところで気軽に会うことはかなわぬ。命を狙われたばかりでもあるしな。よって、私が代理となることを許せ。」
「確かに、呼びつけた本人に会えないというのはおかしな話ですね。」
怒りに任せてここまで来たが、国王様に会えないとなると肩透かしだ。いっぱい文句を言ってやろうと思ったのに。
「陛下に会えるわけがなかろう。立場をわきまえろ平民が。」
と緑の人が言った。
「はあ?」
とけんか腰の物言いが口を突いて出てしまったが、ライツに
「双方、控えよ」
と言われてしまったのでとりあえず緑の人を睨むだけにする。
ライツが一つため息をついてから話し始めた。
「まずは、昨日のことについて釈明をしたい。昨日は行軍恒例の息抜きに陛下もお忍びで行きたいとおっしゃったのだ。」
息抜きとは、各地への行軍のあいだにこっそり軍の天幕を抜け出して、町に出て飲み
歩くあの行事のことだろう。
「陛下も即位される前までは軍人として我々と同じように行軍に参加し、息抜きにも参加していたため、とても楽しみにされていた。本来であれば軍のトップが出歩くなどということはありえないことなのだが。」
と渋い顔をした。
「この村は完全に我が国の領土であり、安全圏である。そのために例年この村で行っている息抜きについても問題ないと判断したはずだった。かくいう我々も、今までに行っていた陛下との息抜きを楽しみにしていなかったわけではない。親衛隊の軍服をみにつけていただき、周りの者も言葉遣いを平らかにすることで、いつもの店にむかった。陛下が臣民の中に入ることによって、親しみを感じてもらい、士気の高揚につなげようという言い訳をつくっていたのだ。」
「油断があったわけですか。」
私の言い方にミリガンがキッとこちらを睨むけど、もう無視をすることにする。
「そうだ。我々が思っていたよりも素早く敵は行動を起こし、直接陛下の御身を狙いにきた。我々の不徳の致すところである。あの店には多大なる迷惑をかけた。こちらも非を認めたため、多めに見舞金を渡した。」
「そのことなんですけど。」
とライツの言葉を遮った。
「お金で解決ってのはどうなんですか。」
「というと。」
「国王様から見れば、田舎の居酒屋の経営者が一人倒れただけなんでしょうけど、こちらから見たらこの世にたった一人しかいない大事な人なんです。親父さんの容態もまだわかっていない、というか、軍に運ばれて行ってからまだ一度も家族が会えてない状態で、お金だけ渡されて全部元どおりってわけにはいきませんよ、家族としては。」
ライツは首を傾げた。
「倒れた店主はお前の父親だったか?」
「いいえ、違います。」
だけど、親も同然の人だ。
「ああ、あの若い息子と婚約していたのか。」
「それも違います!」
と必死に否定した。キースは幼なじみで、本当に兄弟同然だ。
否定したのに、ライツは何かを納得したように遠くを見た。
「なるほど、だから今回の国王様のなさりように反感を持っているのだな。婚約者がいるものを側女にしようなどと。」
「だから、違います!」
「だが、恋仲なのだろう?」
「誤解ですってば!」
こんな誤解を国王様に知られるわけにはいかない。必死に否定をしておく。
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