第6話 明日の算段
だめだ、どんどんと考えが悪いほうへいってしまう。
こういう時に両親の楽天的な能天気さを受け継いでいればよかったのに。
キースを元気づけるように、自分にも言い聞かせるように大きな声で言った。
「でもさ、そのうち親父さんも戻ってきて、そしたら、またこの店も再開するでしょ?親父さんなんて、いままでもカウンターに座って飲んでただけじゃない。お袋さんとキースで切り盛りすれば。私も手伝いにくるし。ね?」
キースは少しだけ笑って、
「ありがとな。でもこの店はもうダメだ」と言った。
「なんで。」
と私が聞く。
「ここは、毒入りのワインを出された店だ、評判最悪。誰も近寄らないよ。」
「でもそれは、国王様を狙った輩が持ち込んだものであって、うちの店の責任じゃないし。」
「噂に、そんなこと関係ねぇんだよ!」
とキースが声を荒げた。
さっきまで優しく笑っていたのに。
「街の奴らは勝手なことばっかりいうんだ。実はうちがてびきしたんじゃないかとか。」
「そんな…」
「世の中なんてそんなもんなんだよ。」とキースは下ろしたばかりの椅子を蹴り倒した。
噂か。
考えてみたらそうかもしれない。この店には国王様が「息抜き」で出入りしてることも知られてしまった。もう軍「息抜き」にはこないし、敵からは最低限押さえておくべき場所だって認識されたに違いない。自分が敵ならきっと監視は続けると思う。
と、思ったことを口にした。
「敵か。そこまでは思いつかなかったな。」
「私もキースに言われるまで思いつかなかったよ。でもたしかにこの店の再開は…」
と、がらんとした店を見つめる。
店の端には、大好きなピアノが、ポツンと寂しそうにそこにいる。
毎日あのピアノを弾きに来たのに。
せっかく憧れのあの人に出会えたのに。
記憶の中にしかなかった旋律に出会えたのに。
いまは、ピアノに近づこうとは全く思えない。
怖い。
ピアノを見つめて考え込んでいると、キースは他人事じゃねえぞ、と私に言った。
「おまえんちも、気をつけろよ。」
「なんで?」
「うちにワイン納入してたの、お前のところだけなんだから。」
「まさか、うちのワインが毒入りなんて噂…!」
「だから、気をつけろって言ったんだよ」
「あ、でも、うちのワイン、全部軍に買い占められちゃった。」
「はぁ?」
さきほど、馬に引かれた軍の荷車に積まれていったばかりだ。
「卸値より高めに買ってくれたし、これで来年まで仕事しないでも暮らしていけるぞって。うちの親たちはホクホクしてるよ。私は樽を運ばないぶん、体が鈍るかなぁ…」
とぐるぐる腕を回してみせる。
明らかに空元気なのだが、その様子にキースが吹き出した。
「じゃあ俺たち、仲間だな。」
「キースも?」
「うちも補償金って、軍と国から金がいっぱいもらえるって。この店が動かなくても、当分食うにはこまらないよ。」
「なるほど、仲間だね。」
苦笑いをしあうと、また自然と涙が滲んだ。
「さ、片付けちゃおっか。」
「そうだな。」
キースと一緒に片付けを再開する。
食べ残しも飲み残しも全部捨てて、綺麗さっぱり片付け、カウンターの上の拭き掃除にまでおよんでいるころ、キースも床掃除が終わったようだ。
「親父、さ。」
と、水の入った樽を置き、キースが独り言のように話し始めた。
「ん?」
と短いあいづちだけにする。
「従軍してたとき、まだ即位する前の国王様に、助けてもらったことがあるんだって。」
「えっ?」
初耳だ。
「酔った勢いで、ポロッと言ったことがあっただけで、詳しくはしらねぇんだけどさ。そんときに、助けてもらった命を王子のために捧げる覚悟ができたっていってた。」
王子とは、今の国王様のことだろう。
キースの親父さんは予備軍人だ。平常時は市政で他の職業を持ち、有事の際には招集を受けて軍に合流する。
戦いに行くなんて怖いなと思っていたけど、親父さんはいつも「国を守ることは家族を守ることだと同じだ」といっていた。たくさんの人を守れる逞しさに尊敬も覚えていた。
「そうか…親父さんは、国王様のお顔を知ってたんだ」
この店に入ってきた国王様は、他の軍人と同じ軍服を着ていた。きっとあれは親衛隊の軍服だろうと思う。
「国王様がこの店に入ってきた時から国王様だと知ってて、何事もないように遠くから見守ってたんだ。」
「そうだな。だから変な奴が近づいてたのをみつけて、」
「足を引きずりながら、駆けつけたんだ。すごい、かっこよくない?」
「かっこいいな。親父、ホントすげぇよ」
キースが鼻を啜った。
「あれ?だとしたら、私は要らなかったってこと?国王様も自分でお酒を断ってたし、あれ?私、余計なことした?」
目を丸くしていた私に、キースが今度は笑った。
「かもな。」
「えー!」
「いやでも、それは結果論ってやつだよ。親衛隊の警戒も掻い潜った悪い奴を、お前と親父で発見したんだ。」
そっか。とため息をつく。
「親父さん、元気になるといいね。」
「そうだな。」
キースが床掃除に使っていた水を捨てに行くために裏口から出て行った。
私はキースが戻ってくるのを見計らって、店に残っていた酒樽からワインを二杯分注いで、一つをキースのためにカウンターに置いた。
それを手に取ったキースに、私が無言で飲みなよ、とカップを揺らすと
「ありがとな。」
とキースが小さい声で言った。
「うちの親のこと、自分の親みたいに心配してくれて、本当に感謝してる」
と言い、ワインを煽った。
「こちらこそ。親父さんたちにはいままで本当の子供みたいにしてもらって、感謝してるのはこっちだよ。」
と伝えると、キースは変な顔してこっちを見た。
泣きそうな、笑いそうな、変な顔。
そして天井を仰いで、大きな声で言った。
「あーあ。これかどうすっかな。」
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