第4話 盛大なプロポーズ
要するに、この毒入りワインの産地がわかれば、国王暗殺を企てた国や勢力がわかるかもしれない、ということらしい。
うちに帰って父にきてみたところ、それは南の隣国であるらしかった。
南の隣国が新しい王の命を狙っているのかもしれない、ということのようだ。
「新しい王の方が命を狙いやすいと思ったんだろうか。ま、よくある話だ。」と、
父、ミハラは夕食後のワインを口にしながら言った。
「でも。ワインの色の判別なんてよく…私だって比べて見てみればわかるけど、単体で色だけ見せられてもわかるかどうか。」
と母のマルミがこれまた夕食後のワインを口にしながらいう。
この二人はワインを水のように飲む。
いくらワイナリーの経営者とは言え、朝起きればワイン、昼食後にワイン、夕食の前、後にもワイン、と四六時中ワインを口にしている。
だからといって酔っぱらってへべれけになっている姿は見たことがない。
味を見るためだなんだといいながら当たり前のよう夫婦そろって飲んでいる。
我が親ながらちょっと怖い。
「そうだな。透明なガラスのカップに入れてあればまだしも、木製のカップだったんだろう?色も何もない。ブドウの品種は同じだから、違いは水と気候…何で見分けるかと言うと…色の濃淡と、香りかなぁ?」
「だから、毒を入れやすかったかもしれないわね。無味無臭とはいえ、バレては元も子もないし。」
「いやいや。結果的にバレたんだ。うちの、カレンにな。」
隣の親父さんが毒を飲んだというのに、異常な明るさで陽気に話してる。
「さすが酒屋の子だな。歌にばかりうつつを抜かしているのかと思っていたが、きちんとみるところは見ている。」
「国王様からの太鼓判もいただいたわけだし。」
「国王様から?」
「そうよ。ずいぶんおほめいただいたわ。これからはうちのワインを城下に入れてもらえるかもしれないわね。」
「そうだな。これから忙しくなるぞ。」
翌日、朝早くにキースの店の前にいった。
まだ店の前には軍人が立っており、店内に入ることはかなわなかった。
親父さんはまだ帰ってこられないのだろう。心配だ。
「ご主人はずいぶん前国王のことを敬っていたと聞きましたが。」
と、後ろから声をかけられた。
振り向くと、昨日の、国王様の隣にいた人だ。
「失礼、国王の側近のライツです。ライツ・カーディアル・・・顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
「そうですか?」
大丈夫なわけはありませんが。
「カレンさんでしたね。今、ご自宅のほうへ伺うところでした。国王が、あなたにお話をしたいと。」
「私、ですか?」
「そうです。カレンさん、あなた、国王の下で働くつもりはありませんか?」
「は、はあ?」
「国王からの提案です。とりあえずは
「え?それって…!!」
体が固まった。それって要するに、国王に見染められたということだろうか?この体の大きい、筋肉ムキムキの私が?
「いえ、そういうことではないんです。」
と、ライツさんが私の顔色を見て訂正した。
そういうことって、なによ。
「軍に同行していただいて、その幅広い酒の知識と、洞察力の高さで国王を補佐していただきたい、ということです。」
「私の、知識と洞察力?」
「そうです。ご両親にはすでにお話をしてあります。」
聞いてないぞ。あの酒漬け夫婦め。
「…両親はなんと言いましたか?」
「本人がいいなら、とおっしゃってくださいました。」
あ、なるほどね。
うちの両親のやりそうなことだ。なにか取引したんじゃないかな。
そして娘を売ったわけ。あれだけ労働力として縛っていた娘を。
私がこの村を出たいと言い出すだろうと踏んで。
でも、酒の知識なんて、私は一つも持ってないのに。
「お断りさせてください。私はお役に立てるようなものはなにも持っていません。」
「ですが、昨日のは・・・」
「あれは偶然です。知識なんかじゃありません。日常の積み重ねの延長線みたいなものです。」
「…しかし、この話を断るということは、ご両親が喜ばないのではないですか?」
「両親がですか?」
「そうです。ある程度の対価を用意させていただきました。ご両親はたいそうお喜びでしたよ。」
…やっぱり!
どうせワインの購入量を増やすとか、王室のお墨付きをもらうとかそんなかんじだ!
商売が儲かる話をすればうちの両親はすごく喜ぶんだ。
そしてこの人は私を脅そうとしている。
「絶対に嫌です!私は行きません!」
べつに今回のことは誰のためにしたことでもなんでもない。
むしろ、私のせいで、キースの親父さんを命の危険にさらしてしまった。
無事に医者から戻ってくる補償なんてない。
国王様があのワインを飲めばよかったのに。
もっと他の方法があったかもしれないのに。
こんなことに巻き込まれて、おどされて村の外にでるなんて。
そんなことまで思ってしまう。
「ライツ、無理強いはよくない。」
と、ライツさんの後ろから低い声が響いた。
「そんな風に脅してまで連れて来いと言った覚えはない。」
「は、ですが・・・」
国王様が何人かのお供を連れてやってきたのだ。再度の現場視察だろうか。
今日はとても国王らしく、真っ白な軍服に長いマントをつけている。そう思えば昨日の格好は一般の兵士と同じ格好だった。
「カレン、だったな。話は聞いたな。私についてこないか。」
「…」
国王様がじっと私の顔を見る。
金髪の男性に口説かれてる感じは、かなり照れるけども。
「お聞きだったでしょう。私は国王様にお仕えするほどの人間ではありません。」
「この…国王になんという口の利き方を…!」
国王様は手を挙げ、家臣の言葉を制した。
「お前、両親が嫌いか?」
「…なんで。」
「親の喜ぶことはしたくない、さきほどはそんな顔だったぞ。」
…見破られている!
恥ずかしくなって目を背けた。
「私も両親があまり好きではなかった。気持ちはわかる。」
国王様の両親って、亡くなったという前の国王様だ。
「だがな、これはチャンスだ、お前にとっての。」
「私に?」
「本当にやりたいことがあるんじゃないのか。両親なんかに振り回されないで、やってみたいことが。」
「なんでそんなことがわかるんですか。」
「私を利用しろ。それがお前のためだ。」
私のやりたいこと?
そりゃ歌とピアノだ。
きっと国王様についていったら、各国の色んな音楽が聞けると思う。みたことのない楽器や演奏家たちも…観れる…
だけどなぜか私の天邪鬼な反発心が首を縦に降らせてくれないのだ。
「…こんなの、結局脅しじゃないですか。」
「どう取るかはお前次第だ。」
「それに、私は…」
「言い訳はけっこう。YES か NO か、聞きたい。」
ここで、決断しろって。無茶な話じゃないですか、王様。
「…少し考えさせてください。」
「わかった。軍はここの片付けを済ませ次第、明日の朝出発する。それまでに荷物をまとめて軍の天幕まできなさい。」
国王様は少しの間こちらを見つめて、私の返事を待っていたけれど、ふっとため息をついて踵を返して去っていってしまった。
私は、この盛大なプロポースみたいなものを、意地だけで断ろうとしている。
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