バタッと病

@mia

第1話

 今、世の中を騒がせているのは、「バタッと病」と呼ばれている病気である。

 これは頭痛の十分から十五分後に幽体離脱をする病である。

 公式発表されたのは、「頭痛の後、意識を失う」であるが、意識をとり戻した人の証言に、「倒れている自分を見ていた」というものが多かった。

 一部で面白がっている人がいたのは、この病気そのもので亡くなる人はいないからだろう。

 時と場所によっては、とても危険である。

 どこかの知事が「バタッと 倒れてしまうんですよ、バタッと」と記者会見で訴えたのが通称の元である。

 空気感染で誰でもかかる可能性はあるが、頭痛が起きた時に座ったりすれば、実害はほとんどない。

 車を運転していても、頭痛が起きてすぐ車を止めれば事故は起きない。十分あれば、回避できる。

 流行り始めた頃は事故があったが、今は落ち着いている。大きな事故が起きなかったことも、この病気を軽くみる人がいる一因かもしれない。


 ☆   ☆   ☆


「お母さん、自転車で通学してもいいよね。うちの学校では、自転車通学に戻った子が多いよ」

 

 私が反対しても、娘は同居の義母を味方につける。義母は息子に似ている孫娘をとても可愛がっている。

 自転車で行っても頭痛がしたらそこで止まれいいと言う娘、同意する義母。

 でも、いつも遅刻しそうな時間に通学する娘が、頭痛がしたから止まるとは思えない。もう少し大丈夫と思って止まらないのが目に見える。

「自分が生んだ娘を信用しないのはどういうことなの」の義母の言葉で話が進む。

 義母は二階に行くにも慎重になる私を小馬鹿にしていた。義母の態度はいつものことだから、反応するのも馬鹿らしい。

 最も頼りにならないのは夫だ。

 夫の会社でも発作を起こした人がいたのに、「たいしたことなかった」の一言で済ます人だ。

 夫の会社の人は、デスクワークで三時間ぐらいで復帰したらしい。自転車通学と一緒にしないでほしい。

 それに個人差がある。個人差という言葉を知っているのか。

 結局三対一で、自転車通学に戻るのだろう。


 数日後、台所で昼食の支度をしていると、隣の義母の部屋で物音がした。様子を見に行くと、義母が倒れていた。声をかけても、目が覚めない。バタッと病?

 義母を抱えて二階へ行く。階段の上から落とす。こうすれば発作が起きたための事故に見えるだろう。

 階段を落ちていく。

 ありえない角度で足と首が曲がっている義母。

 二階にある私たち夫婦の部屋に勝手に入って物色していたことがある義母。

 夫に相談しても、気のせいで済まされたため何も言えなかった。だから、気づかれていないと思っている義母。


 義母の死を知った夫の妹は私を責める。二階に行く必要がないのに階段から落ちるのはおかしいと。

 私を庇ってくれたのは娘だった。

 娘は二階にいた義母を見たことがあったらしい。

 義母が可愛がっていた孫の証言に、夫の妹は引き下がったが悔しそうだった。

 

 娘も自転車通学に戻したいとは言わなくなったので、少し安心した。

 我が家に平穏が戻ったと思えば、死んだ時の姿のまま階段の下に立っている――首や足が曲がったまま立っている義母の幽霊など、些細なことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バタッと病 @mia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ