夢のフルダイブ生活

加部川ツトシ

制限があるから


 夢の技術と言われていた、脳の信号を読み取って動かすVRの到達点であるフルダイブ技術が確立されて数年。医療用の物として実用化が始まり、企業用の業務用モデルも広まり、その果てに一般向けに安価での販売が開始された!


 だけど、そこには大きな問題がある。……当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、一般向けのVR機器にはフルダイブの時間制限が設けられていた。

 連続でログイン出来るのは10時間まで。3日連続でそれぞれ10時間を超えたら、1週間は1日6時間まで。やり過ぎる事で、健康被害が発生しないようにというものである。


「……ちっ、余計な機能を付けやがって!」


 子供の頃から、夢物語として憧れていたフルダイブ技術。発売当初は品薄が続き、ようやく手に入れたと思えば……販売当初よりも、制限が強化されてしまっている。個人認証を行わなければ、フルダイブそのものが使用不可能だと……。

 初期モデルでは、フルダイブの制限時間を含めたセーフティ機能を破る改造が可能だった。だが、それをやり過ぎた奴らが夏の酷暑の中で冷房を付けずに熱中症を起こす事が多発して、回収騒動になったのは少し前の事。……セキュリティを破る為の改造プログラム、高かったんだぞ!


「ずっとフルダイブをやり続けて、その中で生活する俺の夢は潰えたのか……?」


 一般向けのフルダイブ式のVR機器を手に入れてから、制限時間の許す限りフルダイブで色んな事をした。オンラインへの対応がまだ出来ていないからオフラインでのコンテンツがメインになるけども、それでも多くの事が出来た。

 色々なゲームをしてみたり、現実では金がかかり過ぎていけない場所を再現したVR空間で気軽な旅行感覚で行けたり、現実には存在しない場所を探索したり……現実ではしては許されない事も出来たりする。もちろんエロい事も散々やった。仮想空間、最高!


 そんな風に色々とやったけども、色々と出来るからこそ、今あるフルダイブの時間制限が非常に邪魔でしかない。現実的な話として、リアルの身体を動かさずに生き続ける事は出来ないのは当たり前なんだけど……。


「あー、どうにか制限時間を無くす手段はないか……?」


 やりがいも何もないつまらない仕事をして、生きる為だけに金を稼ぐ生活を続けていくのはもう苦痛でしかない。そもそも人を人とも思っていない上司の下で、法すらも守っていない労働環境の中で身体を酷使しながら生きる事に何の意味がある?

 薄給のはずなのに使い道も使う時間もなく、無駄に貯まっていた金はある。フルダイブを体感する為に、あんな仕事はもう辞めたしな。ここで無茶な使い方をして寿命が遥かに短くなるのだとしても……それでも、俺はフルダイブの中で短い一生を終える方がいい!


「可能性としては……業務用のVR機器か?」


 業務用のVR機器であれば、公的機関から一定の認証を得ればフルダイブ時間を伸ばす事は可能ではある。でも、それはあくまでも業務用として使う事が前提であり……そもそも機器が高過ぎて気軽に買えるものじゃない。ある程度の金は貯まっているとはいえ、流石に手が届かない金額過ぎるわ!

 業務用のVR機器を使ってVRでのオフラインゲームのプレイ動画を撮って、旧来の動画配信のパワーアップ版で稼ぐ人もいるけども、そんな事が出来るのは一握りの人だ。そもそも、俺は1人でフルダイブに籠っていたい! 人との関わりとか、もういらん!


 あー、1人でフルダイブをしているだけで金が貰えるなんて仕事はあったりしないか? いくら何でも、そんな都合のいい仕事がある訳ない……ん? いや、待てよ? 確か医療用のVR機器は、その使用者向けのフルダイブを使用した業務の斡旋があるなんて話を聞いた事がある気がする?


「そうか! その手段があったか!」


 医療用のVR機器は、フルダイブ技術の根幹になる物であり、本人の状態次第でどうとでも制限は緩和されていく。そもそもが喪失した五感の代替技術として開発され、それが発展して一般普及までこぎつけたのが今持っているVR機器だ。

 これも確か公的機関の認定が必要だったはずだけど……それさえ得てしまえば、制限はどんどん緩むはず。状況が酷ければ酷いほど、リアルでの生活は困難になる。


 ははっ! 我ながら良い事を思いついたな! よし、この方向でフルダイブだけの生活を目指してみるか!


「……問題は、どこまでやればいいかだな」


 義手、義足、義眼辺りはフルダイブ技術の開発に繋がっているものだから、その辺を失ったとしてもフルダイブだけで生活をするような事は出来ないだろう。やるなら、もっと完全に動けないようにしないと……。


「何か毒でも飲んで、寝たきりになるか? あー、でも脳だけは無事じゃないと困る!」


 フルダイブでの操作は、脳の信号を読み取ってのもの。いくらなんでも、そこが駄目になってしまったらフルダイブだけでの生活が成り立たない! いっそ、SFであるような、脳だけ培養装置の中で浮かんでいる状態になってしまいたい!


「あ、そうか。頭さえ無事なら、他は全て駄目になってもいいのか!」


 夢の為に犠牲はつきもの! 寿命が短くなる程度はフルダイブ時間の制限が無くなくのなら受け入れるし、リアルには何の未練もない! 両親ももう他界してしまっているし、俺と一緒にいてくれる相手なんてのもいない。

 そもそも辞めた仕事の環境が酷過ぎて、心身ともにボロボロだ。まともな未来があるとも思えないし、それならいっそのこと……。


「……よし、決めた!」


 俺は、俺だけのフルダイブの環境を手に入れる! それ以外は知った事か! 失敗して死んだとしても、それはそれで仕方ない。でももし生き延びたなら……その時は、望んだ環境にいれたらいいな。

 その為にも、しっかりと準備をしておかないとな。えーと、紙と封筒と、それにあれも必要か。あー、どれもないから買ってくるか。用意が済んだら、いざ実行だ!



 ◇ ◇ ◇



 気が付けば、対岸の見えない大きな川の前に立っていた。あぁ……これは、失敗したか? 頭だけは無事なようにヘルメットを被って、あの辞めたくそったれな会社のビルの屋上から飛び降りたんだけど……ここは三途の川ってやつか。

 周囲に見える河原は、賽の河原ってやつなんだろうな。そっか、夢の環境は得られず死んだんだな。まぁそれはそれでいいか。


「目が覚めたようだね? 声は聞こえるかい?」

「え? この声、どこから……」

「聞こえているようなら何より。さて、今の自分の状況は分かるかい?」

「……俺、死んだんですね」


 こんなにも有名な死んだ後の場所を目の前にして、その現実を受け止められないなんて事はない。そもそも、そのまま死ぬのも覚悟して――


「あぁ、君はまだ死んでいないよ? むしろ、死なせる訳にもいかないからね」

「……え? じゃあ、ここは一体どこなんだ!?」

「ただの仮想空間さ。まったく、ようやく一般流通も安定してきたのに……とんでもない事をしでかしてくれたね」

「ここが……仮想空間!? え、それじゃあんたは!?」

「……こっちの話は無視かい。私は君がご執心のVR機器の開発者の1人だよ。……辞めた会社への恨みつらみを連ねた遺書はいいとしても、その中に『叶うならフルダイブの中で生涯を過ごしたい』なんてよくも書き残してくれたね。それもわざわざヘルメットまで被って……」

「よし! それじゃ、俺は生き残ってる!」


 万が一にでも失敗して死んだ時と、生き残った時に希望通りになるように書き残しておいて正解だった! まさか開発関係者が出てくるとは思わなかったけど!


「……自分が何をしたのか、分かっているのかい? 今、リアルで自分がどうなっていると思うんだい?」

「えーと、飛び降り? まぁ今のご時世、よくある事だろ!」

「それは否定し切れないけど、そこに巻き込まないで欲しいんだけど……。君のせいで、私達は炎上の対処に追われているんだけど?」

「え、なんで?」

「……はぁ、君の遺書を見つけた人が内容をネットにバラまいてね。『フルダイブは殺しの道具だ!』という論調で炎上中だよ。まったく、とんでもない事をしてくれた」

「え、そんな事になってんの!?」


 俺はずっとフルダイブをしていたかっただけで……あ、それはいけないのか? 制限は理由あってこその物だし……思った以上にヤバい事をしてしまってる? ヤバっ!? これって、とんでもない事をしてしまったんじゃ!?


「遺書を公開した人にも責任は取ってもらうけど、君にも責任を取ってもらおう。君の望む形でね。というか、そうするしかないんだけども……」

「……俺の望む形で? ……そうするしかない?」

「君はもう、機械で生かされているだけの状態だからね。我が社の信用棄損として損害賠償を請求させてもらうけど……望み通り、フルダイブの中で残りの生涯をかけてその支払いをしてもらおう。自由に好きな事が出来るとは思わない事だね」

「……え? ちょ、待っ!?」


 それって、俺の自由はなくて人体実験の使われるって事!? フルダイブの中で一生を望みはしたけど、そんなのは――


「別に労働基準法を無視する労働時間には設定はしないし、それ以外の時間は自由にしてもらって構わない。だたし、生殺与奪は私達の手にあるのを忘れないように」

「あ、そこは法律順守なのか!? なら、別にいいや」

「……その順応性はなんなんだろうね? まぁいい、同意を得られたなら仕事を始めてもらおうか」

「よしきた!」


 わっはっは! 予定よりもこれはいい状況になったんじゃないか? 仕事をしなければならない状態にはなったけども、それでもこれは相当特殊な状況だし、最新鋭のフルダイブに触れる事になる!


「さて、まずはひたすらその河原の石を積んでもらおう。あぁ、肉体的な疲労はないし、食事も不要だから8時間後までぶっ続けで問題ないね」

「ちょ、えっ!?」

「それでは8時間、頑張ってくれたまえ」


 あ、それっきり声が途絶えた!? え、これから8時間、ここでひたすら石を積むだけ!? それって賽の河原で親より先に死んだ子供がやらされる事じゃないか!?

 もしかして、俺への仕事って開発関係者を怒らせた事への意趣返しだったりする!? ……それでも前の仕事よりはマシな気がするのは、一体何なんだろう?

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夢のフルダイブ生活 加部川ツトシ @kabekawa_t

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