第19話 赫灼なびく
(あれは間違いなく俺に対して向けられたものだった)
それがなにを意味するのか、威遼は考えないことにした。
風の包囲を抜けて一先ずたどり着いた先、北砦から離れた山の斜面には葦毛の馬と張が待っていた。
「威遼将軍、よくぞご無事で」
徐福と別れてから内心気が気ではなかっただろう。しかし張はそれを表に出さず、威遼へと恭しく頭を下げた。威遼はそれに軽く応じてから、担ぎあげていた徐福の身体をゆっくり地面に下ろして口を開いた。
「徐福、怪我の具合はどうだ」
「なんとか動ける、というくらいで」
「出血の部分は私が処置しますので、帰営を優先しましょう」
張の言葉に威遼も頷いて同意を示す。それから、徐福の身体を手早く支えて葦毛の馬の背に乗せた。
だが、そこで張が険しい表情を浮かべる。
威遼はその理由にすぐに思い至った。
野営地を出る際、二人が乗っていた軍馬が見当たらないのだ。
おそらくは逃げてしまったか、あるいは――
(食われた、か)
靑娥の周囲にいた尸解仙の軍団はいつの間にかその数を減らしていた。尸解仙が生きた馬を食うのかはわからないものの、靑娥の精神状態が大きく乱れていた以上、彼女が傀儡としている尸解仙たちがどのような行動を起こすのか予測もつかない。
いずれにせよ、この場に留まるのは危険だ。一刻も早く白雷たちが待つ野営地に帰還しなければ。
「張殿、徐福を頼みます。背後はお任せを」
「わかりました。将軍もお気をつけて」
口を開きかけた徐福を制して張は頷き、葦毛に跨った。威遼は馬が動き出したのを確認してから、背後に広がる
風と雷の匂いがたちこめている。追手が現れてもおかしくはないのだが、不思議とそのような気配は感じなかった。
(あの頭巾の男、追ってこないのか)
靑娥の隣に佇んでいた男。他の尸解仙たちとは一線を画した、まさに異様としか表現のしようがないもの。
彼が何者なのか、威遼に見当がつくはずもない。ただ一つだけ言えることは、あの男は明らかにまともではないということだけだ。
しかしそんな得体の知れない相手と対峙しながら、それでもなお悠然と構えていられるくらいには、威遼もまた常軌を逸している。それを指摘する者はここにおらず、本人もまた気づいていなかった。
そして彼は改めて周囲を見回し、大きく息を吸い込んだ。
感じる匂いは野生の獣だけではない。草木や土の香りの奥底に隠れるようにして漂う、いやな甘さを含んだ腐臭。それは亡者の無念のようにも感じる。北砦で命を落とした同胞たちの叫びが、今もまだ耳に聞こえてくるような気がした。
その声を振り払うように首を振ってから、威遼は身を翻した。
葦毛を追うようにして大ぶりに駆ける。大地を踏み、岩上を跳び、木々の間をすり抜けていく。
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