第20話 許さないっ

【優衣 視点】




 スマホの画面に目を向けると、『10時23分』と表示されていた。

 もうこんな時間か。 

 私は最近買ったワンピースを着て、玄関に向かう。

 玄関で靴を履いて家を出る。

 

 今日は羽島くんと遊ぶ約束をしてるの。しかも、二人きりだ。


 やっぱり、これってデートよね……?

 彼の好きな人は私なのかしら?

 うーん、そうには見えないけど……。


 やっと集合場所――近くの公園に到着した。

 公園にはベンチ、滑り台、ブランコなどが見受けられた。


 ん? アレは……。

 公園のベンチに羽島くんが座っていた。

 私は彼に駆け寄って、声をかける。


「羽島くん」


 名前を呼ぶと、羽島くんは顔を上げて私を見つめる。


「遅れてごめんね。待った……?」

「いや、俺も今来たところだよ」


 羽島くんの言葉に私は「ぷくく」と笑う。

 

「なんで笑うんだよ?」

「今の会話、恋人っぽいな、と思って」

「え……? あっ~、たしかにそうだなぁ」


 羽島くんは嬉しそうに笑う。私もつられて笑った。


「さてと、そろそろ行くか」

「ん? どこに行くの?」

「ゲーセンだよ、ゲーセン。嫌か?」

「ううん、嫌じゃないわ。ゲームは好きだしね」

「へぇ~、優衣もゲーム好きなんだ。俺と同じじゃん」

「羽島くんもゲーム好きなの?」

「おう、最近はFPSにハマってるんだ」


 なんて会話をしながらゲーセンに向かう。

 この会話で分かったけど、羽島くんは聞き上手だ。ついつい色んなことを話してしまう。

 こういう聞き上手な人はモテるんだろうなぁ。





 ◇◇◇




 もう夜だ。

 顔を上げると、空が真っ黒に染まっていた。

 朝よりも風が冷たくて、頻繁に「寒いなぁ……」と口にしてしまう。


「楽しかったな」

「そうね」


 今日は羽島くんとたくさん遊んだ。

 ゲームセンターで彼と勝負して、ファミレスでお昼ご飯を食べて、カラオケでたくさん歌った。

 本当に楽しかった。ちょっと疲れたけどね……。

 

「なぁ優衣……」

「ん? なに……?」

「大事な話があるんだ」


 羽島くんはそう言って、私を見つめる。

 彼は真剣な顔だった。

 大事な話か。

 告白かしら? いや、流石にそれはないか。


「優衣っ」


 羽島くんは私の肩を掴んで、続きの言葉を紡いだ。


「お前のことが好きだっ、俺と付き合ってくれっ」

「……」


 羽島くんの告白に私は思わず目を丸くする。

 本当に告白された。それに驚きを隠せなかった。

 なんで彼は私のことが好きなんだろう? 一目惚れかな?

 まぁなんでもいいか……。


 私はそっと口を開いた。


「ごめんなさい、あなたとは付き合えないです」

「っ!?」


 私の返事に羽島くんは目を見開く。

 『嘘だろ……?』って顔をしている彼を見て、申し訳ない気持ちになる。


「なんでダメなんだよっ……?」

「好きな人がいるの」

「好きな人……?」


 羽島くんは眉を顰める。


「まさか、まだ祐二のことが好きなのか……?」

「ええ、そうよ……」


 まだ祐二くんのことが好きだ。けど、彼には彼女がいる。分かってるっ、分かってるけど、諦められないっ。

 彼のことを忘れられないっ……。

 もうこれは恋じゃなくて呪いだ。いつになったら、この呪いは消滅するんだろうっ……。


「アイツは朱理と付き合ってるんだぞ? 分かってんのか?」

「分かってるっ……そんなこと分かってるわよっ。けど、祐二くんのことが好きなの。大好きなのっ」

「っ……」


 私の言葉に羽島くんは絶句する。

 信じられないって顔をしている彼に、私はまっすぐ言葉を投げた。


「悪いけど、私のことは諦めて」

「なんだよ、それ……」



 ◇◇◇






【羽島正人 視点】



 小学四年生の頃、俺の父と母は離婚した。

 原因は父の浮気だ。

 あの男は母を裏切って、女子大生と付き合っていたんだ。最低な男だ。

 あんなクズにはなりたくない……。


 父と離婚したあと、母は壊れてしまった。

 昔は凄く優しかったのに、今は俺を放置して男遊びに夢中だ。


 母が大嫌いになったのは小学5年生の頃だ。

 学校が終わったので、俺は自宅に帰ってきた。

 玄関で靴を脱いでいると、寝室からギシギシとベッドの軋む音が聞こえてきた。

 なんだ、この音は……?

 気になった俺は寝室に向かう。

 ゆっくりと寝室のドアを開けて、中を覗くと、

 母と謎の男が肌を重ね合っていた。

 それを見て、俺の頭の中は真っ白になる。

 何してんだよ、アイツ……。


 ベッドの上で母は蕩けた表情を浮かべていた。

 その顔は母親の顔じゃなかった。女の顔だった。

 女の顔をしている母を見て、俺は絶句する。

 この女は俺を放置して、いつもこんなことしてんのか……。

 ちっ、クズがっ。

 父も母も大嫌いだ。

 この2人の血が流れていると思うと、自殺したくなる。

 クソっ……。

 

  

 ――2年後――


 俺は小学校を卒業して、中学校に入学した。

 入学式で一人の美少女と出会った。

 夜空を連想させる綺麗な黒髪。

 筋の通った高い鼻と、パッチリとした大きな瞳。

 クールな雰囲気を解き放っていた。

 彼女の名前は坂田優衣さかたゆい


 俺は優衣の凛々しい顔を見て、無意識に『この子と付き合いたい』と思った。

 そう、俺は坂田優衣に一目惚れしたのだ。

 

 俺は積極的に優衣に話しかけた。

 見た目は凄く怖いけど、意外と優しい女の子だった。

 そのギャップに惹かれて、ますます優衣のことが好きになった。

 けど、優衣の好きな人は俺じゃない。

 優衣の好きな人の名前は坂田祐二。

 優衣の義兄だ。


 優衣は祐二のことが好きだ。

 今、俺が告白しても振られるのがオチだ。

 それは困る……。

 どうすれば優衣と付き合えるんだ? 

 なんてことを思いながら生活していると、ある日、篠宮朱理の好きな人が判明した。

 朱理も祐二のことが好きらしい。

 それを知って、俺はチャンスだと思った。


 祐二と朱理が付き合ったら、優衣は祐二のことを諦めるはずだ。

 そう思った俺は朱理の恋を応援した。

 結果、祐二と朱理は恋人になった。


 これで優衣は祐二のことを諦めただろう。

 今なら優衣と付き合えるっ。

 彼女を独り占めできるっ。

 そう判断した俺は坂田優衣に告白した。


「お前のことが好きだっ、俺と付き合ってくれっ」

「……」


 俺の告白に優衣は目を丸くする。

 驚いている様子だった。

 静謐な空気が流れる。

 やがて優衣は口を開いた。


「ごめんなさい、あなたとは付き合えないです」

「っ!?」


 俺は声にもならない声を上げる。

 俺の計画は完璧だったはずだ。にも拘わらず、俺は優衣に振られた。

 その事実にショックを受ける。


「なんでダメなんだよっ……?」

「好きな人がいるの」

「好きな人……?」


 俺は眉を顰める。


「まさか、まだ祐二のことが好きなのか……?」

「ええ、そうよ……」

「アイツは朱理と付き合ってるんだぞ? 分かってんのか?」

「分かってるっ……そんなこと分かってるわよっ。けど、祐二くんのことが好きなの。大好きなのっ」

「っ……」


 優衣の言葉に俺は絶句する。


 祐二に彼女ができたら、優衣はアイツを諦めてくれると思っていた。

 けど、違った。

 そう、珍しく俺の予想は外れていたのだ。

 クソっ、どうしてこうなったっ……。

 俺の計画は完璧だったのにっ……。


 クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! 


 全部、お前のせいだ! 祐二っ!!

 お前がいなかったら、優衣と付き合えたのにっ!

 許さないっ。

 お前だけは絶対に許さないぞっ!

 


 


 

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