第19話 喪失感

【優衣 視点】


 私は祐二くんのことが好きだ。

 彼と手を繋ぎたい。キスしたい。結婚したい。

 けど、祐二くんには彼女がいる。

 彼女の名前は篠宮朱理しのみやあかり

 篠宮さんは可愛くて、スタイル良くて、男子生徒に大人気だ。

 『篠宮朱理ファンクラブ』まであるらしい。


 そんな学校のアイドルと祐二くんは付き合っている。

 それを知って、私の心にポッカリと大きな穴が空く。


 私は可愛い。男子生徒たちの間で行われた『可愛い女の子ランキング』では三位だった。

 けど、篠宮さんには勝てないっ。


 彼女は二位に圧倒的な差をつけて堂々の一位だったらしい。

 私がスライムだとしたら、篠宮さんは魔王だ。

 スライムが魔王に勝てるわけがない。


 私は「はぁ……」と深いため息を吐く。


 私にはたくさんチャンスがあった。けど、祐二くんに拒絶されるのが怖くて、告白できなかった。

 私はずっと逃げていたのだ。


 けど、私と違って篠宮さんは勇気を振り絞って、祐二くんに告白した。

 そう、彼女は逃げなかった。失敗を覚悟して大好きな人に想いを伝えたのだ。

 そして、篠宮さんと祐二くんは恋人になった。


 もう祐二くんは篠宮さんのモノなのか……。

 そう思った途端、目頭が熱くなる。

 ボトボトと熱い涙が頬を伝って床に零れ落ちる。


「うぅぅっ……うぅっ、うぅっ……」


 止まらないっ、涙が止まらないっ。

 涙のせいで視界が霞む。


「うぅっ……うぅっ……あぁっ、あぁっ……」


 辛い、辛いよっ……。

 なんで私は祐二くんに告白しなかったんだろう?

 たくさんチャンスはあったのに……。

 篠宮さんみたいに積極的にアプローチしたら、祐二くんと恋人になれたのかな?

 祐二くんを独占できたのかな……。

 毎日、彼と甘い時間を過ごせたのかな……?


 もう遅い。今更後悔しても何も変わらない。分かってるけど、『あの時ああしていればよかった』って思いが止まらないっ。


 たくさん泣いた。けど、私の心は晴れなかった……。

 いつになったら、彼のことを忘れられるんだろう。

 早く祐二くんを忘れたいよっ……。


 ◇◇◇




 ――次の日――

 


 ブルブルとスマホのアラームが耳を劈く。

 私はスマホのアラームを止めて、ゆっくりと目を覚ます。

 もう朝か……。


 私はベッドから起き上がって、洗面所に移動する。

 

 洗面所の鏡に目を向けると、私の顔が映っていた。

 自慢の黒髪はボサボサだ。

 目は充血している。

 目の下にクマができていた。

 酷い顔だ……。


 ちゃんと洗面台で顔を洗ったあと、私はリビングに向かう。

 リビングには祐二くんがいた。


「おはよう、優衣」


 祐二くんはそう言って優しい笑顔を浮かべる。

 彼の笑顔を見て、チクチクと胸が痛む。

 やめてっ、そんな優しい笑顔を向けないで……。

 これ以上あなたのこと好きになりたくないよっ。

 

「これ、今日の朝ご飯だから」

「祐二くんが作ってくれたの?」

「ああ」

「……」


 テーブルの上に私の分の朝ご飯が置いていた。

 早起きして、私の朝ご飯を作ってくれたらしい。


 祐二くんは本当に優しいなぁ……。

 私はそんな彼が大好きだ。

 けど、今の祐二くんには彼女がいる。しかも、相手は超がつくほどの美少女だ。

 それが辛くて、また泣きそうになる。


 ネガティブなオーラを解き放っている私を見て、祐二くんは不思議そうな表情を浮かべる。


「ん……? なんかあったのか?」

「別に……何もないわよ」

「そうには見えないけど……本当に大丈夫か?」

「大丈夫よ。気にしないで……」

「そっか……」


 私は祐二くんの隣に座ってパクパクと朝ご飯を食べ始める。

 朝食を食べ終えたあと、私は皿洗いをしている祐二くんに話しかける。


「祐二くん、一緒に学校行かない?」

「え? あぁ~、悪いっ……今日は朱理と一緒に登校するんだ」

「っ……そう」


 篠宮さんと一緒に登校するのか。

 それを知って、憂鬱な気持ちになる。

 ふと祐二くんに目を向けると、幸せそうな表情を浮かべていた。

 そんな顔しないでよっ……。



 ◇◇◇



 身支度を済ませたあと、私は玄関で靴を履いて外に出る。

 ちゃんと鍵を締めてから学校に向かって歩き始める。


「おーい! 優衣っ!」


 背後から男性の声が聞こえてきた。

 ん? なんだろう?

 反射的に後ろを振り向くと、羽島くんの姿が目に映る。


「おはよう、優衣」

「うん、おはよう……」

「一緒に学校行こうぜ」

「別にいいけど……」

「サンキュー」


 私たちは横に並んで学校に向かう。

 ふと横を振り向くと、羽島くんと目が合った。

 似ている。羽島くんは少しだけ祐二くんに似ている。

 なんでこんなに似てるんだろう?

 これは偶然? それとも……。

 

「なぁ優衣……」


 羽島くんが私の名前を呼んでくる。


「なに?」

「来週の土曜日って暇か……?」

「来週の土曜日は……暇ね」

「ほ、本当か……?」

「ええ、本当よ」

「じゃあさ、俺と一緒に遊ぼうぜ」

「え? あなたと?」

「ダメか……?」

「……」


 これってデートのお誘いよね?

 もしかして、羽島くんは私のことが好きなのかしら?

 いや、それはないか。


 黙り込んでいる私を見て、羽島くんは不安げな表情になる。

 不味い、早く返事しないと。


「いいわよ、来週の土曜日遊びましょうか」

「えっ……?」

 

 羽島くんは目を丸くする。


「いいの?」

「ええ、いいわよ。土曜日は暇だしね」

「……」


 来週の土曜日、羽島くんと遊ぶことになった。

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