第14話 お弁当

【篠宮朱理 視点】



「ママ」

「ん? どうしたの、朱理?」

「料理教えてほしいんだけど……ダメかな?」


 アタシがそう言うと、ママは目を丸くする。


「料理覚えたいの……?」

「う、うん……」

「ふふ、いいわよ。特別に教えてあげる」

「ほんと!?」

「ええ、本当よ」

「ありがとうっ!! ママっ!」


 アタシはそう言ってギュッとママを抱きしめる。

 ママは「ふふ」と笑いながらアタシの頭を撫でてくれる。

 やっぱり、ママは優しいなぁ。


「ねぇねぇ、どうして料理覚えたいの?」

「それはその……」


 ママの問いにアタシは黙り込む。

 

「あっ、もしかして、好きな人できた?」

「っ……」


 アタシの身体はビクッと震える。

 動揺しているアタシを見て、ママはニヤニヤし始める。


「ふふ、そっか、そっか。本当に好きな人できたんだ」

「す、好きな人なんかいないもんっ……」

「本当に?」

「う、うん……」

「ふふっ、今度、あなたの好きな人紹介してね?」

「だ、だから好きな人なんかいないよっ……」












 ◇◇◇



【坂田祐二 視点】



――お昼休み――


 学校にチャイム音が鳴り響く。

 やっと午前の授業が終わったのだ。

 あぁぁ……マジで疲れた。


「ねぇ坂田くん」


 横から女性の透き通った声が聞こえてきた。

 反射的に横を振り向くと、制服姿の篠宮が目に映る。


「どうした、篠宮?」

「えーっと、そのね……」


 篠宮はモジモジと手遊びをし始める。

 少しだけ頬が紅潮していた。

 なんだ? 様子が変だぞ……?


「これ食べてほしいんだけど……」


 篠宮がお弁当箱を渡してきた。

 彼女のお弁当箱を見て、僕は小首をかしげる。


「なんだこれは……?」

「……坂田くんの分も作ったんだ。よかったら食べてっ」

「え……? 僕の分までお弁当を作ってくれたの?」


 篠宮は「う、うん……」と恥ずかしそうに頷く。

 顔は真っ赤だった。


 おいおい、マジかよ。

 僕の分までお弁当を作ってくれたのか。


 つか、篠宮って料理できるんだ。

 ギャルっぽい見た目なのに、意外と家庭的なんだなぁ。


「本当に食べていいのか?」

「うんっ、食べて、食べて」

「じゃあいただくよ」


 僕はそう言ってお弁当箱を受け取る。

 早速、お弁当箱の蓋を開けて、中を確認すると。


「おぉぉぉ~」


 お弁当箱の中を見て、僕は感嘆の声を漏らす。

 篠宮が作ったお弁当は彩り豊かだった。

 見ているだけなのに、空腹感を刺激する。

 マジで美味しそうだなぁ……。

 

「はい、どうぞ」

「え? あっ、うん、ありがとう」


 篠宮がお箸を渡してきた。

 それを受け取って、彼女が作ったお弁当を食べ始める。

 うんっ、美味しいなぁ。

 

 パクパクとお弁当を食べている僕を見て、篠宮は不安げな表情になる。


「その……美味しい?」

「ああ、最高だよ」

「ほ、ほんと……?」

「ああ、本当だ。マジで美味しいよ」


 僕がそう言うと、篠宮は「えへへ」とはにかんだ笑顔を浮かべる。

 嬉しそうだった。


「……料理はどこで覚えたんだ?」

「最近、ママに教えてもらったんだ」

「へぇ〜」


 篠宮は母親を『ママ』と呼んでいるのか。

 可愛いなぁ。


「坂田くんは料理できるの?」

「ああ、できるぞ」

「えっ!?」


 篠宮は目を見開く。

 驚いている様子だった。


「料理できるんだ……ちょっとビックリ」


 小学6年生の頃、母は男遊びに夢中だったので、誰も僕の夜ご飯を作ってくれなかった。

 だから、インターネットで料理を勉強して、自分で作っていたんだ。

 

 ほんと、僕の母親はクズだな……。

 あの女の血が流れていると思うと、自己嫌悪に陥る。


「坂田くん……」

「ん? どうした?」

「明日もお弁当作ってあげようか……?」

「え……? いいのか?」

「もちろんだよ!」

「じゃあお願いするよ」

「うん! 任せて!」

「……」


 やっぱり、コイツの好きな人は僕なんだろうな。

 もし篠宮が告白してきたら、僕はなんて答えるんだろう……?


 ………

 ……

 …

 


 ◇◇◇



 ――放課後――


 

 やっと放課後だ。

 僕は筆記用具と教科書をカバンの中に仕舞って、教室を立ち去る。

 靴箱に向かっていると、


「おーい! 祐二!」


 突如、背後から男性の声が聞こえてきた。


 ん? 誰だ……?


 気になった僕はゆっくりと後ろを振り向く。

 それと同時に羽島正人の姿が目に映った。

 おそらく、僕の名前を呼んだのはコイツだろう。


「なんだよ、羽島?」

「お前に聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと……?」


 僕は小首をかしげる。

 困惑している僕を無視して、羽島は話を続けた。


「お前って好きな人いるのか?」


 僕は「は……?」と声を漏らす。

 なんだこの質問は……。


「どうなんだよ? 好きな人いるのか?」

「いや、いないけど」

「なんだいないのかよ……」


 羽島は酷く落胆する。

 ん? なんで落ち込んでいるんだ?

 まぁなんでもいいか。


 ガッカリしている羽島に僕は言った。

 

「気になる人はいるぞ?」

「え……? マジで?」

「ああ、マジだ」

「誰だ? 誰が気になってるんだよ?」

「それは……内緒だ」

「えぇぇ……いいじゃんっ、俺にだけ教えてくれよ」

「……」

「なぁいいだろ?」


 僕は左右に首を向ける。

 周りには誰もいない。

 それが確認できた僕はゆっくりと口を開いた。


「……誰にも言うなよ?」

「ああ、約束する」


 僕は小声で言った。


「篠宮だ……」

「は……?」

「だからその……篠宮のことが気になってるんだよ」

「……」


 僕の言葉に羽島は目を丸くする。

 しばらくして羽島はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そうか、そうか。朱理のことが気になってるのか」

「ま、まぁな……」






 ◇◇◇




【篠宮朱理 視点】


 ――夜――



 今日、アタシが作ったお弁当を坂田くんが食べてくれた。

 しかも、笑顔で「美味しいよ」と言ってくれた。

 えへ、えへへ。

 お昼休みの出来事を思い出して、ニヤニヤが止まらない。

 

「えへ、えへへっ。坂田くんっ〜、坂田くん~」


 アタシはそう言ってギュッと枕を抱きしめる。

 ずっと坂田くんのことを考えていると、


「ん?」


 突然、正人が電話してきた。


 ん? なんだろう?

 気になったアタシは電話に出る。


「もしもし、正人?」

「よう、朱理」


 スピーカーから正人の声が聞こえてきた。

 なんで電話してきたんだろう?

 

「祐二の好きな人が分かったぞ」

「えっ!? ほんとっ!?」

「ああ、本当だ。本人に教えてもらったんだ」

「だ、誰なのっ!? 坂田くんの好きな人は誰なの!?」

「お前だってよ」

「……ぇ……」


 正人の言葉を耳にして、思考回路がショートする。

 頭の中は真っ白だ。

 坂田くんの好きな人ってアタシだったの?

 あは、あはは、冗談でしょ?

 

「さっきの話、本当なの?」

「ああ、マジだって。祐二が『篠宮のことが気になってる』って言ってたんだ」

「……」


 そっか、坂田くんもアタシのこと好きなんだ。

 そう思った途端、胸の奥がジワジワと熱くなる。

 嬉しいっ。

 凄く嬉しいっ。

 

 けど謎だ。

 坂田くんはいつアタシのこと好きになったんだろう?

 あのデートでアタシのこと好きなってくれたのかな?


「なぁ朱理」

「な、なに……?」

「もう祐二に告白しろよ」

「こ、告白っ!?」


 正人の提案に動揺を隠せなかった。


「お前は祐二のことが好きなんだろ?」

「う、うん……」

「なら、もう告白しろ。このままじゃ他の女に祐二を取られるぞ?」

「……」


 坂田くんはモテる。

 モタモタしてたら坂田くんは他の女の子と付き合うだろう。

 それは嫌だ……。

 だから、


「分かったよ。明日、坂田くんに告白する」

「え? まじで……?」

「うんっ」


 明日、坂田くんに告白します。

 

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