第8話 キスされました

 三階の空き教室の中。

 東条が篠宮を襲っていた。


「やめて……お願いだからやめてっ……」

「やめるわけねぇだろっ! ここでお前を犯してやるっ!」

「っ……」


 東条は篠宮の瑞々しい唇に顔を近づける。

 篠宮の唇を奪おうとしているのだ。

 あの男、篠宮に何してんだっ……。


 僕は地面を蹴って東条に接近する。

 思いっきりヤツの顔面を殴った。

 

「ぐはっ……」


 東条は床に倒れ込む。

 僕は後ろを振り向いて、篠宮に声をかけた。

 

「大丈夫か、篠宮……?」

「さ、坂田くん……」


 篠宮は泣いていた。

 泣いている篠宮を見て、怒りが込み上げてくる。

 許せない、このクズだけは許せないっ……。


 僕は東条を睨む。


「誰だよ! お前っ!! 俺の邪魔すんな!」

「黙れ、このクズ野郎がっ」


 僕はそう言って、起き上がろうとしている東条の顔面を踏みつける。

 何度も、何度も、このクズ野郎の顔面を踏みつける。

 奴の顔面はぐちゃぐちゃに歪む。

 

 痛みに耐えきれなくなった東条は、馬鹿みたいに泣き始める。


 流石に可哀そうだったので、攻撃を中断した。

 僕は東条を睨んで、まっすぐ言葉を投げた。


「お前が篠宮にしたことは録画しているぞ」

「なっ!?」


 僕が『録画』って言葉を口にした途端、東条の顔は真っ青になる。

 ガタガタと歯を震わせていた。


「先生がその動画を見たら、どうなるだろうな」

「……ぁぁっ……あぁっ……」


 東条は絶望に染まった表情を浮かべる。


 嘘だ、録画なんかしていない。

 そんな暇はなかった。

 けど、東条は僕の嘘を真実だと思い込んでいる様子だった。

 本当に愚かな男だ。


「動画を拡散されたくなかったら、もう二度と篠宮に近づくな。分かったな?」

「は、はい……分かりましたっ」


 ◇◇◇



 東条がこの教室から立ち去ったあと、

 僕は後ろを振り向いて、篠宮に駆け寄る。


「大丈夫か、篠宮……?」

「坂田くんっ!?」


 篠宮がギュッと僕の身体を抱きしめてきた。

 彼女の手はブルブルと小刻みに震えていた。

 まだ怖いんだろうな……。

 僕はヨシヨシと篠宮の頭を撫でる。


 しばらくして、篠宮は泣き止んだ。


「その……助けてくれてありがとう」

「お、おう」

「本当にありがとうね、坂田くん……」


 篠宮はそう言って、更に力強く僕を抱きしめる。

 ムニュっと豊満な果実が押し付けられる。

 篠宮さん、おっぱい当たってますよ? 

 気づいてますか……?

 

 僕は「すぅ、はぁ……」と深呼吸をして、煩悩を振り払う。


「篠宮……今日も部活か?」

「ううん、今日はないよ」

「なら家まで送るよ」

「え……?」


 篠宮は目を丸くする。


「いいの……?」

「ああ、もちろんだ」

「ふふっ、やっぱり坂田くんは優しいね……顔は怖いけど」

「一言余計だ」


 僕たちは学校を後にして、篠宮の家に向かう。


 ふと横を振り向くと、篠宮と目が合った。

 僕の顔を見て、篠宮はカッと赤くなる。


 ん? なんだ?

 様子が変だぞ……?


「どうした……?」

「え……? あっ、そのっ……坂田くんって彼女いるの?」

「彼女? そんなのいないけど」

「そっか……」


 僕の言葉に篠宮は「はぁ……」と安堵のため息を吐く。

 安心している様子だった。

 なんで安心してるんだ?

 コイツ、さっきから様子が変だぞ?


「えーっと、その……好きな人は?」

「好きな人もいないよ」

「ふ、ふーん……」

「お前も好きな人いないだよな?」

「アタシは……いるよ」


 篠宮の言葉に僕は「は……?」と声を漏らす。

 

「前に『好きな人はいない』って言ってなかったか?」

「えーっと、その……最近できたんだ」

 

 最近、好きな人ができたのか。

 一体、彼女は誰が好きなんだ?

 気になって仕方ない。

 気づいたら疑問を口にしていた。


「誰が好きなんだ?」

「気になるの……?」

「ああ、気になる。教えてくれ」

「それはその……内緒です」

「いいじゃん、僕にだけ教えてくれよ」

「だ、ダメ……坂田くんには言えないよ」

「なんだよそれ……」


 なんて会話を続ける。


 ――10分後――


 篠宮の家に到着した。

 彼女の家は二階建てだった。

 これが篠宮の家か……。

 綺麗だなぁ。


「坂田くん」

「ん? なんだ?」

「その……お礼がしたいんだけど」

「お礼……?」

 

 僕は小首を傾げる。 

 僕は視線で『どういう意味だ?』と問うと、篠宮は答えた。


「さっき助けてくれたでしょ? そのお礼がしたいからこっちに来て……」

「いや、別に礼はいいよ」


 僕がそう言うと、篠宮はプクーっと頬を膨らませる。

 怒っている様子だった。


「もうっ! いいからこっちに来てっ! ほら早くっ!」

「お、おう……」


 僕は篠宮に近づく。

 彼女の目の前にやってきた。

 

 篠宮は背伸びして、僕の側頭部を掴む。

 そして、チュッと僕の頬にキスしてきた。

 えっ……?

 篠宮にキスされたんだけど。


 頭の中が真っ白になる。

 

 篠宮は頬から唇を離して、僕を見つめる。


 彼女の顔は茜色に染まっていた。

 耳と首まで真っ赤だった。


「し、篠宮……今のは?」


 動揺している僕を見て、篠宮は「ぷくく」と悪戯に笑う。

 

「今のがお礼だよ」

「……」


 篠宮の言葉に僕は黙り込む。

 ほっぺにチューがお礼か……。

 この女、何を考えているんだ?


 黙り込んでいる僕を見て、篠宮は不安げな表情を浮かべる。


「もしかして、嫌だった……?」


 僕は慌ててフォローを入れた。


「嫌じゃないっ! 全然嫌じゃないよっ!」

「ほんと……?」

「あぁ、本当だっ……」

「そっか……」

「……」

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