第13話 ヴァラク④ 不穏な気配


ヨハンはほんの僅かな時間で家族友人恋人が事故で死に、また。自分自身も不治の病であると宣告されるかもしれない…というような顔をしながら言った。


「どう考えても厄ネタだ。絶対関わらない。関わりたくない。どうもここ最近の俺の星の巡りは余りよくない気がする」


ヨルシカは苦笑しながらヨハンの肩を叩きながら言った。

共に依頼を魔狼を血祭りにあげたゆえだろうか、その振る舞いには若干の馴れ馴れしさがある。


「…まあ君が逃げたくなる気持ちは分かるけれどさ。ねえ、もしかして君があの時、月魔狼がどうとか話したからじゃないのかい…?その凄く強い魔狼が現れた…とか?ほら、そういうのあるじゃないか。絶対にあってほしくないことが、口に出してしまったばっかりに…みたいなの」


ヨルシカがヨハンに言うと、ヨハンは眼をカッと見開いて地面に唾を吐いた。


汚いな、とヨルシカが苦情を言うが、ヨハンには唾棄すべき事を聞いた時には地面に唾を吐き捨てるというポリシーがある。


「馬鹿な!そんな非現実的なことがあるわけがないだろう。ヨルシカはもっと現実を生きるべきだ…いいか?月魔狼フェンリークは200年前に討伐されている。昼は姿をくらまし、夜にしか行動せず、月の出ている夜は不死であった月魔狼だったが、新月の夜にロード・アリクス…遥か東方、後のアリクス王国の初代国王が諸国を遊歴中に討たれているんだ。かの大狼ほどの大物はもう現れないだろう」


ヨハンはヨルシカに説明するが、当のヨルシカはフゥン、と胡乱気だった。


その態度を不服に思ったか、ヨハンはやや表情を引き締める。

まるで親が子供に怖い話を聞かせる時のような表情だ。


「いざという時は覚悟しておくことだ。これはまずい、とこのヴァラクから脱出するとしても…」


「…するとしても?」

ヨルシカが尋ねた。


「移動には馬車なりを使うとしても、どうあがいたって周辺の地域を抜けないとならないだろ?空を飛べるわけではないんだ」


ヨハンが言い、ヨルシカが頷いた。


「…ああ、なるほどね…。もしヴァラク周辺が危険地帯と化しているなら、私達も巻き込まれる可能性があるってことか…」


「その通りだ。いくつかの小隊にわけ各所へ同時に散った、その小隊が複数未帰還ということは、街周辺が危険な状態にあるということだ。帰還の小隊がそれぞれどのあたりを探索していたか、は今更参考にはなるまい。何が潜んでいるかは知らんが、それだって移動くらいはするだろうからな…」


「…それって、最悪じゃないか」

ヨルシカが辟易した様子で項垂れた。


だがヨハンの追撃は止まない。


「そうだな。そして考えられる最悪のケースは、なにがしかの脅威が街周辺に潜んでいるとして、それがこの街の実力者でも到底敵わない存在で、そんなものがいたら流通はどうなると思う?当然止まる。商人はヴァラクへ入る事が出来ず、この街は徐々に枯渇していく。ヴァラクは傭兵産業が盛んだ。自給自足率はそう高くはない。まあ近隣に森などはあるが、そもそもヴァラクから出ることそのものが危険なら、森があろうが湖があろうが同じことだ。街は渇き、飢え、治安は悪化し、そうなれば暴動がおき、血で血を洗うような内戦状態となるだろう。親は子を殺して喰い、子は親の血をすするような事態になる。飢えは人を狂わせるからな。しかもこの街には傭兵団が多く存在するんだ。戦を生業にした連中が相争う戦場に巻き込まれたら無事ではすまないだろう」


ヨハンはとても嬉しそうにヨルシカを脅しつけた。

ただ、彼の言う事はそこまで的を外れたものではない。


「話が長い!長いし怖いよ、でも言いたいことは分かるよ。じゃあどうすれば良いと思う?ヨハン、君ならどうする?」


ヨルシカは彼に尋ねた。

よく聞いてくれた、とヨハンはヨルシカに邪悪な笑みを向ける。


「カナリ鳥作戦だ。鉱山などでカナリ鳥を飛ばすだろう?有毒な気体はないかとか息を吸うことは出来るかの確認のために。それと同じことをする。死刑囚なり、あるいは死んでも良さそうな犯罪者なりを飛ばして」


ヨハンの不穏な提案をヨルシカは遮る。


「大丈夫、いいたいことはわかったよ…普通の方法はないのかい?」


話を遮られた事にヨハンは不服そうにしながら、しかし小首をかしげて質問に答える。


「…そうだな、今の段階では調査が必要だな。そもそも脅威が何なのかもわかっていないからな。とはいえ、そのへんはギルドが調査部隊を派遣するだろうさ。場合によってはヴァラクの街を仕切っている連中も重い腰を動かすかもしれない。だから今は様子を見るほうがいい。そして、街の外に出るような依頼は受けないことだ。俺がとっととヴァラクから逃げ出さないのもそういう理由だよ」


ヨハンはそう言いながら依頼掲示板を見た。目当てのものを見つける。酒場の水樽への補充だ。


「術師の特権だな。俺は平和を愛する男だからこういう依頼が好きなんだよ」


そんなことを言いながら依頼票を剥がすヨハン。


「…君が平和を愛しているようには見えないけれど、まあ私も大人しくしてようかな…」


ヨルシカはそんな彼に胡乱な視線を注ぎながら元気がなさそうにボヤいた。まあ街が不穏な空気に包まれている、今後もヤバい事があるかもしれないとあっては、元気なほうがおかしいくらいだが。


そんなヨルシカの言にヨハンは頷いた。


「それがいい。まあお互いなにか分かれば共有しよう」


ヨルシカは心なしか肩を落としてギルドを出て行き、ヨハンもギルドにそれ以上用事はないので酒場へと向かった。



その夜。


無事に水の補充も終わり、ヨハンは酒場の主人からもらった燻製肉をかじりながら木窓を開けて星を眺めていた。


「それにしても行く先々で何かしらあるな。東方では災厄を引き寄せる魔剣だとかがあるそうだが、何かそういう曰くつきのものでも拾ってしまったのだろうか?」


そして翌朝。


(今日も水補充しよう。危険は最小限に。得られる利益は多少黒が出る程度でいい。冒険者は堅実でなければならない)


冒険者としては余りに弱気な誓いを立てつつ、ヨハンはギルドへ向かった。



「…というわけで、ラドゥ傭兵団の皆さんと協働して頂き、冒険者未帰還の原因を突き止めて頂きたいと考えているのです。事態は冒険者未帰還だけに留まりません。今朝方到着予定の商隊までもがまだ到着していないのです。我々冒険者ギルドは最悪の事態を想定し…」


ヨハンは踵を返した。

1日働いたのだから、1日休む。

それがあるべき形だからだ。

しかし、踵を返す前に彼を呼び止める声があった。


「おお!兄さんはヨハンか!この前の魔狼討伐の帰還部隊にいたそうだな!」


声をかけてきたのはダッカドッカだった。

その両脇には眉目秀麗な2人の剣士…ジョシュアとレイア。



「ラドゥの兄貴も今回の件は重くみてンだよ!肌がヒリつくらしいぜ。いまは冒険者ギルドのお偉いさんと話しているとこだ!ヨハン、あんたのことも兄貴に紹介しなきゃァな!兄貴にアンタの事を伝えたらよ!是非力を貸してほしいって言ってたぜ!」


それを聞いてしまうとヨハンとしては固辞することもできない。

冒険者ギルドを介してならば助力を拒む事はできる。

だが直接的に頼まれればヨハンにそれを断る事はできない。

ヨハンの気質が許さないのだ。


(ラドゥは連盟の恩人のようなものだからなぁ)


「分かった。行こう。必要なら助力する」


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