第2話 ガストン

 ■


 次の日ヨハンがギルドへいくとガストンが待っていた。

 その表情は硬い。


「ツラ貸しな」

 場末の酒場のチンピラの様な言葉に、ヨハンはややげんなりとしながらも答えた。


「断わる。用件があるならここで言ってくれ」

 用件は分かってはいたが付き合う義理もない……と言うのがヨハンの考えだ。


 するとガストンは顔を真っ赤にしてヨハンを睨みつけながらいった。


「……っ! ……マイアを泣かせたそうじゃねえか。昨日! 目を赤くして帰ってきたから、事情を聞いたんだ。マイアは……マイアはお前に謝りたいと言っていた。アイツは良くやっていただろ! 癒師として、お前も怪我を癒してもらったりしたはずだ! なんでアイツを責める!」


 ヨハンはげんなりした気持ちに更にげんなりした気持ちが重なり、げんげんなりなりとしてしまった。


 ──じゃあ聞くが、お前はパーティメンバーが危地だというのに盛り出して、案の定奇襲を食らって、それを庇って骨折しても何の文句もないのか? 


 と言いたくなるが堪える。

 ヨハンはガストンが悪い人間ではないとは思ってはいたが、言葉で説明するよりはぶっ飛ばして説明した方が通じるクチであると見做していたからだ。


「そうか、悪かった。俺はこの町をでていくよ。レイチェル嬢、聞いていたな。俺はウルビスを出る。ギルド移動の手続きを頼む」


 やや投げやりな口調でヨハンが告げた。

 レイチェルとはウルビスの冒険者ギルドの受付嬢である。


「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりいわれましても」


 レイチェルは慌てて答えた。

 ヨハンの背景はギルド上層部からも伝えられている。

 こういう形で去られては後々問題視されるのは確実だった。

 だが展開が早すぎて……というかヨハンの判断が早すぎてついていけていなかった。


 ともかくも、気の利いた慰留の言葉でも……とレイチェルがこれまで冒険者を誑かしてきた数々の言葉を思い返そうとした時、ヨハンが駆け引きも糞もない無味乾燥な言葉の剣をレイチェルに突き刺した。


「冒険者ギルド総則4条の第2項。所属する冒険者は自由意志で主とするギルドを移動する事ができる」


 レイチェルは呻き、俯く。

 それを見届けたヨハンが踵を返しギルドを出ようとした、その時。


「待てよ!」


 ガストンがヨハンの肩を掴んだ。

 空いている方の手は拳が握られている。


(お前の気持ちも理解は出来る。共感はしないが。詫び賃として一発は喰らってやろう)


 案の定ガストンが拳を振るってきたので、ヨハンは頬でそれを受け止めた。

 仮に殺し合いをすればヨハンは3秒でガストンを挽肉に出来るだろう。

 そこまでの実力差が両者にはある。

 だが、それはそれとして殴られれば痛いのだ。


 ■


 だがガストンは一発では満足しなかった。

 殴られても無表情のヨハンを見て、少し力が弱かったか、などと調子に乗ってしまったのだ。

 調子に乗る事にかけてはガストンと言う男はヨハンのそれに迫るものがある。


 ヨハンは素早く上衣の物入れから硝子石の破片を取り出した。

 そして空いた手でガストンの拳を受け止め、ぼそりと呟く。


 ──雷衝ライトニング・サージ


 術の系統としては協会式の近接攻勢雷術だ。

 普段ヨハンが使う術は連盟式と呼ばれる一種の呪術なのだが、術師の嗜みとしてこういったものも使えなくはない。

 他にも法術やら精霊術やら、ともかく様々な系統があるが、ヨハンは主に連盟式と協会式の術を佳く使う。


 雷衝は触媒を惜しまずに使えば巨大な熊でも即死させるが、今回ヨハンが触媒につかったのは屑石であるため少し痺れる程度であった。

 仮にガストンが剣を抜いていたらヨハンは彼を殺していただろう。

 だがガストンは拳を振るっただけであるし、なによりヨハンもガストンはアホだが悪辣な馬鹿ではない事は理解しているので、殺害する程の事態にはならないだろうとは分かっていた。


「ぎゃっ!」


 腕を抑えヨハンを睨むガストン。だがそれ以上突っかけようとはしなかった。

 ガストンもヨハンに教導を受けた身だ。

 格闘技術でも自身がヨハンに及ばない事は分かっていた。

 それでも拳を振るったのはマイアへの想い、そしてやはりヨハンを仲間だと思っていたからであろう。


 ロイと同様に、ガストンもまたヨハンに裏切られた様に感じていたのだ。


 腕を抑えるガストンにヨハンは近づき、声をかけた。


「殴る時は腰と背筋が大事だと教えただろう。お前より上手く拳を打てる生き物が海に居る。海老に似た奴を探して教えを乞うて来い。ああ、それと触媒代は貰っていくぞ。銅貨5枚だ」


 ごそごそとガストンの懐に手を突っ込み、銭袋から銅貨を取り出して去っていく。ガストンは体が痺れていて動けない。


 去ろうとしているヨハンの背を見て、ガストンは大きくため息をついた。

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