術物語
埴輪庭(はにわば)
第1話 脱退
本作は「イマドキのサバサバ冒険者」を改稿していっているものです
上記作品については今後も更新します
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空模様が怪しい。
この分だと明日は雨だろうなとヨハンは表情を曇らせた。
術師ヨハンは冒険者の街ウルビスで活動しているとある冒険者パーティに所属している。
メンバーは剣士のロイ、癒師のマイア、斥候のガストン、そして術師のヨハン。
ロイ、マイア、ガストンは以前からの知り合いで、ヨハンは後から加入した形だった。
まあロイ達には与り知らない事情で加入しているのだが……。
それはともかく、彼等は予定ではウルビス南方の森の剣山大鹿を狩る事になっている。
雨の中で森林地帯で狩り等、ヨハンの常識ではありえない事だった。
特にリーダーであるロイは気分屋な所がある。
純戦闘能力は兎も角、精神面ではヨハンの基準では到底冒険者足り得ない。
それでもヨハンが彼等を見捨てて来なかったのは、彼等を仲間と思っているから…等ではなく、今日この時まで純戦闘能力の“合格基準”に達していなかったからだ。
精神的な面が疎かになっていいわけではないが、その辺を鍛え上げるには誇張抜きに身内に死人がでるとか、自身が半殺しになるかでもしないと心というのは磨かれないのだ。
だがそういった手段で彼らを鍛えることはくれぐれもやめてくれとギルドからは言われている。
「同じパーティとしては最後のクエストになるだろうが…精々犠牲者が出ないよう勤めるとするか」
■
だが翌日、ロイが北の山へいくと言い出した時は前日まで胸の奥で僅かに燃えていたやる気の炎がしおしおと鎮火していくのをヨハンは感じた。
あそこはワイバーンが多く生息しているため危険だ。
まあこのパーティなら問題はないのかもしれない。
パーティに加入したのが1年前。
それから考えると彼等の実力は相当あがってる。
当初の彼らは小鬼相手にもビビり散らしていた。
それが今や飛竜狩りとは。
貴族の三男坊のお遊びとはいえ、ここまで階梯を昇れば親も満足することだろう。
だが、とヨハンは思う。
「俺は行かない。ここでお別れだ」
ヨハンのシンプルな拒絶、そして決別の宣言に、ロイ達は一瞬ポカンとしていた。
1年前。
パーティメンバーを探していた彼等にギルドからヨハンを紹介され、そして同じパーティで苦楽を共にしてきて以来、ヨハンという男は苦言こそ呈するものの、最終的には自分達を支えてくれてきたではないか。
自分達の油断で奇襲を受けた時、身を呈して庇ってくれたではないか。それは自分達を仲間だと思ってくれていたからじゃないのか?
ロイは何故だか酷い裏切りに遭った様な気がしていた。
「なっ!?どういう事だ?確かに変更は悪かったと思っている…でもこの前だって君は……」
――君は文句を言いながらも付いて来てくれたじゃないか
ロイが言い募ろうとすると、ヨハンは温度を感じない視線を彼に向け、やがて黙って背を向け去っていった。
その背から強い、非常に強い拒絶の意思を感じ、ロイ達はヨハンに声をかける事もできなかった。
■
ヨハンはただの一度たりともロイ達を仲間等と思った事はない。
それでも彼等に冒険者のイロハを教え、時には励まし、時には叱咤し、危地に遭った際はその身を盾とすらしたのは、それが仕事だったからだ。
彼等の教導。
それが冒険者ギルドから依頼された仕事の内容である。
その依頼をヨハンは十二分に果たした。
小鬼に撲殺されかねない雑魚を、飛竜殺しまで狙える様な猛者へ鍛え上げたのだ。
ロイには貴族の三男坊という背景がある。
冒険者に憧れ、家を飛びだした無謀な餓鬼。
それがロイだ。
だが、そんなロイを実家は見捨てる事は無かった。
陰に日向にロイを支援してきた。
その支援の1つがヨハンによる彼等の教導だった。
だが、彼による指導と言うのは通常のルートでは断わられるだけだろう。
術師ヨハンは十把一絡げの冒険者などではない。
連盟と呼ばれる術師集団に所属していた。
所属する数こそ少ないが、連盟の術師といえば少なくともこの西域では恐れられるべき存在だ。
そんな彼がロイ達の教導を引き受けたのは、以前ひょんな事からヨハンがとある貴族の依頼を受けた事が影響している。
レグナム西域帝国の貴族との繋がりはヨハンとしても悪いものではなかった。
そしてロイはその貴族の親友の息子だった。
貴族繋がりでヨハンの業前が評判となり、今回の依頼に繋がってくるというわけだ。
・
・
・
(仕事は十分に果たした。ギルドも貴族も文句は言わないだろう)
最後のひと悶着は予定外だったが、まあそれも過ぎた事だ、とヨハンはやり切った様子で宿で眠りにつく。
■
翌朝。
ヨハンがギルドにいくと元パーティメンバーのマイアがいた。
目礼だけして通り過ぎようとすると、裾をつかまれる。
用件をきくと、パーティ脱退の件らしい。
「ヨハンさん、なぜ抜けたのですか!?」
ヨハンも理屈ではわかるのだ。1年付き合いのある仲間が急に抜けてしまったら気になるだろう。
適当にごまかしても同じ事の繰り返しになるだろうから、ヨハンはここでしっかり説明することにした、思っていることを全部。
「長くなるかもしれないが、きいてくれるか?」
ヨハンは真剣な表情でマイアの瞳を覗き込み、確認をとった。マイアは覚悟する。
ヨハンがこれを聞くということは本当に長いのだ。
「ええ、言ってくださいっ…このままじゃ…納得できない!私達、仲間じゃなかったのですか!?」
ヨハンは居住まいを正し、マイアの目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「…そうだな。森の探索をするという話だったのに、当日山の探索になってしまったからだ。率直にいって凄く面倒くさかったんだ。森が山にかわるだけで荷物の準備をやり直さなければいけない。荷解きして、つめなおして。前日になぜいえない?…当日にいわれてしまって、俺はもう面倒くさくなってしまったんだよ。あと、ロイや君たちのことも面倒くさかった。冒険が終わればみんなで食事に行こうとか、そういうのはちょっとしんどかったんだ。俺は冒険がおわればさっさと帰って眠りたい。でも、報酬の配分はみんなでご飯をたべたあとに、なんていわれたら参加せざるを得ないじゃないか。それと公私混同も面倒くさかったんだ。例えば男女の色恋だ…ロイと君がいい雰囲気なのはどうでもいいが、そこにガストンが絡んでくるのが面倒なんだ。ガストンは君をきにしてるだろ?野良犬だってそんなことは見れば分かるんだ。だが、君とロイは気にせずイチャコラする。街じゃあ無く現場でだ!俺はどうでもいい…だがそれでガストンが苛々して中途半端な仕事、雑なミスをするとなったら話がかわる…そのせいで俺は傷を負ってしまったことがある…君をかばって。かすり傷じゃあないぞ。骨折だ。正直他人のために怪我するなんていやなんだ…、ましてや骨折だなんて。冒険中イチャコラする君なんて庇いたくはなかったんだが、でも君は癒術師じゃないか、万が一があれば困る。本来はロイかガストンが怪我をすべきなのに、彼らは私情で頭が一杯なのかあの時は俺しか気づけなかった。教えておくがな、パーティには死ぬ順番ってものがある。その役割の重要さから命に格差がつくんだ。そういう意味で俺や君の命の価値、肉体を保全しなければならない優先度は前衛よりも上だ。それがなんだ?ほっぺにキスで奇襲に気づかないだと?己の役割を果たそうと努力した上で奇襲されたならそれは仕方ないさ。文句は言わん。でもチュッチュしてたからわかりませんでしたなんて、納得出来るわけないだろ?誓ってもいいが、次はアレでもおっぱじめて奇襲されてお前らを庇った俺は無惨にくたばるだろうな。あの時から俺はこのパーティから脱退することを考えていたんだ。分かってくれるかい?」
マイアのちっぽけな覚悟は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。ヨハンの言葉は一言一句、マイアの心にザクザクと突き刺さり、マイアは心が大量出血しているのを感じた。
「ご、ごめ、ごめんなさい…」
マイアは謝罪しながらグシュグシュと大粒の涙を零す。
立っている事すらも出来なくなりその場に蹲ると、ヨハンがその腕を取って近くの椅子に座らせた。
そして清潔な布を取り出し、マイアの涙を拭く。
そんなヨハンを見て周囲の者はドン引きを禁じえない。
自らの手で半殺しにした者相手に「怪我は大丈夫かい?」などと言える者が何処にいるのだろうか?
ここにいた!
マイアは布を握り締め、不思議そうにヨハンを見上げた。
まあ無理も無いかもしれない。
容赦の無い説教をされたかとおもえば涙を拭いてもらって……マイアにはヨハンの真意が良くわからなかった。
そんなマイアにヨハンは僅かな笑みを浮かべながら話かける。
「時と場所を選べということだ。あんなことを続けていたらいつか必ず死ぬ。いつまでも甘ったれていては駄目だ」
そうしてヨハンは踵を返し、ギルドを出て行った。
もはやマイアは仮初の仲間ですらない。
だから死のうが生きようが知った事ではない…とまではヨハンには思えなかった。
1年苦楽を共にすれば多少の情も湧こう。
死ねば残念くらいには思う。
だから最後に何となく声をかけてしまった。
そういえば連盟の“家族”達にもちょろいとからかわれていたな、とヨハンは苦笑した。
■
マイアとのひと悶着(?)の後、ヨハンは宿に帰り愛用している手帳の表紙を磨いた。
使い込まれた革の表紙は色気すら感じる程の艶がある。
この手帳にはヨハンの術の要ともなる触媒が仕舞ってあるのだが、ヨハンは手帳そのものにも非常な愛着を抱いていた。
もしも不埒なスリが手を出そうものなら、その場で縊り殺してしまうほどには大切にしている。
一頻り磨いた後、ヨハンは枕元に手帳を置き眠りについた。
・
・
・
そして翌朝。
ヨハンはこの日、商隊の護衛の依頼を受けた。
といっても水の補給係としてだ。
こういった場合、仮に襲撃などがあった際はギルドの契約上では戦う義務を持たない。
戦闘はそれを契約に含めた者が行うというのが規定だ。
勿論その辺りは現場の判断が優先される事が殆どだが。
(まあ頭数もそれなりにいる。この人数に襲撃をかけてくる様なならず者はこの辺にはいないだろう)
■
道中、野盗がでた。
ヨハンは“余計な事を考えてしまったかな?”等と思いつつも、自身を害そうとする者だけを処理していく。
「黄土に咲く貴婦人を見る者。皆その美しさの前に平伏し、口を紡ぎ大地へ四肢を投げ出す」
ヨハンは黄色い花を一輪取り出し、唄う様に呪言を練りあげた。
すると彼に向かおうとしていた野盗達は全て倒れ、四肢を震わせている。
「単なる麻痺の呪いだよ。安心しろ。命に別状はない筈だ。その麻痺も長くは続かない。まあこれからお前達を殺すから命も長くは続かないのだが」
ヨハンは腰から短刀を引き抜き、倒れた野盗達の喉を掻き切っていった。
「とはいえ、まだ数はいるか。少し苦戦している様だが…サリヴァン殿、良ければ俺も手を貸そうか?ただし、自衛以外の戦闘は契約外だ。向こうの連中はまだ俺を殺そうとはしていないから、俺が手を出すという事はすなわち自衛以外の戦闘と言う事になる。その際の触媒の料金は受け取りたいがいかがか」
商隊の主がこのサリヴァンと言う男だ。
そのサリヴァンはヨハンの提案に対し、激怒を持って応えた。
「こんな時に何を言っている!貴様も戦え!」
ヨハンは首を傾げながら言った。
「俺の仕事は水の補給だ。戦闘は仕事に入っていない。だが、こういう状況だ。実費を払うなら追加業務として受けてもいいと思っている。術の行使には触媒がいる。触媒はタダじゃあない。金がかかる。その金を出すのか、出さないのか、という話だ。出すなら俺も援護する。出さないなら俺は自分を護るだけしかしない」
そこまで言うと冒険者の1人が剣で突かれた。
あの位置は余りよくないかもしれないな、とヨハンは他人事の様に思った。
それを見たサリヴァンは大慌てでヨハンに向き直る。
「ああ!?わ、わかった!わかった!!!支払う!支払うからお前もたたかってくれ!!!」
サリヴァンの頼みをヨハンは快諾する。
「良し」
ヨハンは手帳を開き、ぱらぱらと頁を捲り…三日三晩墓場で夜気を吸わせた千寿菊を取り出し、朗じた。
「苦楽を共にした仲間も、家族も恋人も。皆全てが死に絶えた。お前は真に孤独となり、もはや孤立する事すらも出来ない。お前の周りには最早誰もいないのだから」
ヨハンが酷く陰気な呪言を唄いあげると、野盗達が一斉に動きを止める。
その呼吸は荒く、目はきょろきょろと周囲を見渡していた。
胸に手をあて、膝を突いているものすらもいる。
悲哀の呪いだ。
野盗達は今一瞬にして親しいもの全てを失った悲しみと絶望を味わっている。
四肢に力が入らず、可哀想に震えてさえいるではないか。
そんな野盗を見渡し、ヨハンは笑みすら浮かべながら告げた。
「哀しいのかい?大丈夫だ。お前達もすぐに家族のもとへと送ってやろう」
ヨハンは野盗を1人ずつ殺していった。
喉を掻き切って。
それを見ていた冒険者達は震え上がる。
ヨハンの所業もそうだが、何より恐ろしいのは殺されていっているはずの野盗の顔に感謝の念が浮かんでいたからだ。
そう、野盗達は感謝をしていた。
胸を引き裂く様な悲しみから救ってくれるヨハンに。
■
ヨハンがそれなりに高級な触媒を使ったことで商隊は無事だった。
だが刺された護衛の冒険者が1人死んだ。
そしてその仲間と思しき者から、あんなことが出来るならなぜ最初からやらない、とヨハンは責め立てられる。
他の冒険者達は口を出さない。
なぜなら先ほどの悍ましい、それでいてどこか神聖にすら感じられるヨハンの所業に完全に気圧されていたからだ。
そのヨハンは責めてきた冒険者に向かい合うと、少し困った様な表情を浮かべながら口を開いた。
「触媒の金を出すなら業務外の事ではあるが手を貸そう、と依頼主に伝えた。しかし依頼主は触媒の値段をきき断わった。だから俺もなにもしなかった。君の友人が死んでから依頼主は触媒代を出すといってきた。だから俺は術をつかって君たちを助けた。なむなむと呪文を唱えれば術が発現するわけではない。術を発現させるための呼び水、火種が必要だ。それが触媒だ。自腹切って触媒をつかえなんていうまいね?そこまでしてやる義理はない。君と俺は友達でもなんでもないじゃないか。例えばだが君は俺が明日死んだとして、涙を流して悲しんでくれるかい?悲しまないだろ?気の毒に、くらいは思うかもな。でも次の日には忘れるだろ?俺にとっても君の友人はそんなかんじなんだ。貶めているわけじゃない、残念だなとはおもってる。しかし、そこは分かってほしい」
ヨハンは長々と話したが、要するに「お前とは友達でもないんだから金を出さないんだったら助ける義理もない」と言う事だ。
あんまりにあんまりな言葉ではある…だが、金さえ積むなら赤の他人であっても助けようという事でもある。
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