第10話

吐く息がどんどん白くなっていくの

冬がどんどん本領を発揮していく。


「ねえ、大丈夫?」

カーディガンしか持っていなくて、蹲りながら必死に寒さに耐えている私に声をかけたのは秋風だった。


「なんでここにいるの、もう旅支度を始めて出発したんじゃなかったの?」


「出発はもうすぐそこまで近づいてるよ。でもその前に君のことが気になって」


「ああ…笑ありがとう」


「その花、彼女の所の…彼女がいるところに行ってきたの?」


「ううん、彼女がここまで来て届けてくれた笑

想いと一緒に届けてくれたの。私もこの花を受け取る時ここを旅立てるかなって思ってたんだけと思ったんだけど違った、彼女の元には行かない。行けなかったんだ」


「また馬鹿な選択をして…こんなに寒くて冷たいところにいる必要なんてないって言ってるのに、幾分か暖かかっただろう彼女がいる時は。まあいいや、こっちの花は猫飼ってる彼女のところに咲いている花だね」


「彼女も時々様子を見に来てくれるの、その度にこの花を置いていく」


「アマリリスの花、か笑」


「私にも彼女にもピッタリな花だよね笑」


「この木の持ち主は?」


秋風に聞かれて私は緩く首を振った。


「私ね、彼と一緒にこの木の下にまだいた頃、はなればなれになってるのが辛くなってしまったことが何回かあったの。友達と綺麗な夜景を見に行くとね、いつか一緒に見れたらいなって思う。隣に彼が居てくれたらなって思わないことは無かった。けどその度いつか見にこれるよ、それまでの辛抱だよって、心の中の私が語りかけてくれて笑

ほらあそこの薔薇畑、棘でお互い傷つくこともあるけど、それでも2人で大切に育ててるの。近距離で綺麗な花を咲かせ続けてる。私も近距離の所に移ったら綺麗な花を咲かせられるのかなって思ったこともあった。

けどね、やっぱり距離関係なくしてしまうくらい彼との花が綺麗で、たまにしか見れない満開に咲き誇る花たちが好きで好きでしょうがないの笑」


「元々彼とは普通に生活してたら出会う存在じゃなかったんだよね。」


「そうだよ。現代社会だから出会えた。」


「出会わなければよかったって思わないの?」


「冬が来たから、冷たくて鋭い風が最近はずっと吹き荒れてて、耐えられなくなると思ってしまうこともあるよ、けど毎回風が止むとやっぱり出会えてよかったって、奇蹟だなって心が暖かくなるの」


「…ねえ、もう気がついてるんじゃない?自分の状況から目をそらさないで」


「分かってるよ。分かってる、有難う。大丈夫、大丈夫だよ。」


大丈夫は私にとって魔法の言葉。大切な言葉なの

まだ耐えられる。

私は大丈夫なんだ。


「じゃあ、もうそろそろ準備しに行かないと。またくるかも。くれぐれも倒れないようにね」


「はぁい笑またね笑」


その瞬間、世界が真っ白になった。

凍りつくような寒さもない、何も無い世界。


「え…?」


大切にポッケに閉まっておいた蕾も無くなってしまった



ふと上を見上げると、彼が新しい彼女と共に苗を植えているのがみえた。

すごく楽しそうで、幸せそうな2人がみえた


ぐちゃっ、と、全てがひねり潰された音がした。

冬はあっという間に終わってしまった。

呆気ないものだなぁ、またこの世界に戻ってきてしまった。

夢も幸せも未来も何も無い、あるのは過去の思い出だけの世界。

一つ一つ触れていくと彼との思い出ばかりで、全て消し去ってしまいたい衝動に駆られた。

こんな事なら好きになるんじゃなかった、そう思いながら触れるからどんどん白黒になって行く。

部屋中見渡すとほぼ白黒の思い出だけが残ってしまった

最悪だ。1番見たくなかった景色を自分で作りだしてしまった。

どうせもがいたって抜け出せないよと心の中の自分が語りかける。この辛さから抜け出すことなんてできやしない。だったら終止符を打った方がマシだね。

何も無い世界は正しく私にとっての生き地獄である。

20年、良くも悪くもないけど精一杯生きたなと思う。

だから、もういいよと扉を完全に閉ざそうとした時だった。


「生きて」

離れ離れになったはずの、遠くで幸せになりに行ってしまったはずの、私をこの世界に送り出したはずの彼がそう言った。


なんて自分勝手なやつなんだ、笑

勝手に離れていって、縋っても突き放したくせに生きろ?何を言ってるんだ

自分勝手にも程があるだろう

私が今どれだけ辛い思いをして、どれだけ冬を迎えるのが辛かったのか、いざ迎える決意をしていたのにそれも無かったことにして自分は新しい子と苗を植える?

自分ばっかり幸せになって楽しくなって、なんなのほんとに。蕾を育てておいてなかったことにするの?

ふざけるなと言ってやりたかったけど言えなかった。

彼自身の辛さが伝わってきたから何も言えなかった。


いっその事彼に嫌われたかったけど嫌われたくない自分がいた。

彼を嫌ってしまいたいけれど嫌いたくない自分もいた。

どうして行けばいいのか分からない。どうしたいのかも分からない。

物語を終えてしまいたい気持ちばかり強くなる中で生きることがどれだけ辛いのか、経験した人にしか分からないだろう。それでも彼は頑なに生きてと伝えてきた。


物語を閉ざす権利を与えてくれなかった。

自分勝手に生きろと言ったのは彼だったのに

そんな言葉に少し救われた自分もいた。


もうなにがなんだかわからない。今は頭が追いついていないだけで追いついたら今より深いところに堕ちるのだろう。


それでもしょうがない、今はどうにかして生きる意味を探さないと、生きると約束してしまったのだから。

冬を越すよりもっともっと遥かに長い私の人生が始まった瞬間だった。





いつかまた暖かな春の日が来るのを信じて、

この部屋からなるべく早く出られますように。






fin












なんで生まれてきてしまったのだろうね


なんでこんなに辛いんだろうね


どんな形でもいいから早く解放して欲しい








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