第8話 「冬ごもり」

「ねえ秋風。どうして彼に、鍵の開け方を教えてしまったの。」


「彼の近くに春が来たからだよ。遠くにある春よりも近くにある春を選んだ方が幸せだと彼が望んだから鍵の開け方を教えた、それだけだ。貴方ももうここにいるべき人じゃないよ。」


「でも私はここにいたいよ。わかってる、いつか訪れる春を待つために支度を始めなければ行けないことも、ここにいたらずっと冬のままで四季は変わらず移ろっていくこともわかってるけど、」


「分かってるのに動けないの?ここにいても一人で厳しい冬を迎えるだけ、1人でなんて乗り越えられないくせに。5年前に思い知っただろう?」


「…それは、だってまだ固く閉じたつぼみがここに何個もあるの。この子達が、いつか花開く日が来るかもしれないじゃない、そんな期待を抱くのはダメなの…?」


「年単位の話だよ。人間の世界で数年経てば人の性格も変わってしまう。今は違くても想いも変わってしまうものなんだよ。」


「私はまだこの想いを変えたくない。蕾が花開く時を待っていたい。でもここにいるのは辛いの、どうするべきなのかな、教えてよ…ここで待つべきじゃないのなんてわかる、わかるよ。でもどうすればいいの!ここで花開くのを待ってたいのに待ってるのが辛いなんて矛盾してるのわかってる」


「君は何度も何度もそうやってここで冬を明かす度傷ついて、それなのにまだ懲りずにここで待ちたいというのか笑それ以外の方法をしらないんだね、可哀想に。きっといつか、花開く時かまた新しい蕾が生まれる時は来ると思うよ。それまでどうにかして冬を凌ぐんだ。」


「ねえ、君は秋風なんだよね、彼を連れていったように私のこの思いも一緒に連れて行ってよ、」


「いいけど本当にいいのかい?」


「…んーん、やめとく。やだ、この思い出たちも手放せない」


「欲張りな人間様だねぇ笑」


「やっぱりまだここに居たい。ここしか居場所がないの

。」


「…馬鹿だね、君の近くにも、すぐそこに春はあるじゃないか。いくつかさくらの花びらが漂ってきているのを感じているだろう?そっちに行ったら暖かくて幸せな未来が待ってるのに」


「わかってるそんなこと、でもね、今このまま桜を追いかけても絶対にその子を幸せに出来ないから、私も完璧に幸せにはなれないし、彼女に申し訳ないだけだから」


「幸せに出来ると思った時に迎えに行けばいいさ。難しいね人間の心って、めんどくさいものだね」


「うん。心なんてなければすぐに彼女のもとにいけたのにね笑」

冗談交じりの笑顔を秋風にみせた彼女はこのまま一人で冬ごもりの支度を初めて厳しい冬を迎え入れた。

いつ芽吹くかもわからない、

もうこのまま芽吹かないかもしれない蕾を抱えたまま。












一緒に冬を迎える蕾、一緒にお花見をする蕾、一緒に花火を見る蕾。

真上の木々から固く閉ざした、膨らむ予兆もない蕾がとん、とんと秋風にゆらされて落ちてくるのを受け取るままに。



思い出と共に暫くは生きようと思うの、

でもちゃんと期限は自分の中で決めているから

大丈夫。

人を待ち続けることにはもう慣れた。

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