急・前編 博打

私と山寺警部補は、残りの容疑者の聴取を済ませた。

「じゃ、始めましょうか。」

「ええ。」

私はドラマみたいに容疑者を一箇所に集めた。場所は、高座前。飽きた様な、互いをいぶかしむ様な容疑者達。頃合を見た山寺警部補が口を開ける。

「皆さんに集まって貰ったのは、他でもない。八凪亭円游こと越後屋道觀さんを殺害した犯人がわかりました。」

「えっ…」

一斉に驚く。

「そもそも、本当に誰かに殺されたんでっか?!」

目黒の赤ジャケかたわれ笠小寿也カサゴトシヤが言う。嗚呼、因みに彼も容疑者の一人であった。

「で、誰なんだよ、その犯人…!」

今度は黄ジャケツッコミ二階堂限ニカイドウゲンが言う。彼も容疑者だった。

「犯人は…」

山寺警部補がわざとらしく重々しい口調で言う。

「貴方です、清時肖さん…。」

山寺警部補は清時に鋭い目線を向ける。

「なっ…!」

清時本人も含め、全員が呆然とする。

「聴取の時、破門の件について聞くと、貴方は体を背凭れにかなり預けて、耳のピアスに触れましたね。」

今度は少し、私が話そう。

「体を大きく反らせたり、身に付けている物に触れることは、不快感を覚えている時に見られる仕草の一種です。」

私は更に続ける。

「単に黒歴史を掘り起こされるのが、嫌だった、という解釈も出来ます。しかし、本当は自分が先程犯したばかりの過ちを連想させるその話をされるのが嫌だったんじゃないですか?」

「はぁ?」

清時が返す。

「つまり、動機は貴方が破門されたあの件に関連しているんじゃないんですか?違いますか?」

「何言ってんだ、さっきからよ…!人を勝手に犯人扱いしやがって…!大体、憶測程度じゃねぇか、証拠は?証拠はあるんだろうな…!」

「えぇ…」

山寺警部補が呟く。

「何ッ…!」

「灯下君…」

「はい。」

灯下巡査長が袋に入った黒いバッグを持ってくる。

「おい、それは俺の…」

「えぇ…先程預けて頂いた貴方のです。」

「それの…何処どこが証拠だって…」

「調査の結果、中から少量ですが、テトロドトキシンが検出されました。」

「な…嘘や…そんな…」

私は山寺警部補と目を合わせる。そろそろか。

「俺はやってない…!本当や、誰かが嵌めたんや…お、俺を…!」

「詳しいことはまた後で伺います。」

清時が絶望の表情を見せる。

「さっ、行きましょう。」

その時、ゴッという鈍い音がした。小さなボトルが床に転がっていた。

「もう良いですよ、刑事さん。どうせ、或る用事を済ませたら、自首する気でしたから。」

「すみませんね、貴方に直接やるより、こちらの方が確実かと思いましてね。」

「謝るなら、僕よりも清時さんにして下さい。わざわざ冤罪になりかけたのですから。」

「それもそうですね、円禄さん。いや、越後屋岸柳さん。」

「えっ…?」

ひざまずいて顔面蒼白の清時が恐る恐る顔を上げる。そこには、優しく、悲しげに微笑む岸柳がいた。

「よく、わかりましたね。証拠は残した覚えはないのに。」

「ええ。おっしゃる通り、証拠は一切ありませんでした。」

「じゃあ、あの質問の時に?」

「ええ。」

山寺警部補の代わりに私が答える。

「大抵の人って過去のことを思い出そうとする時は、左側に目をやるんですよ。逆に右は未来のことを考えている時です。岸柳さん、今日一日のことを聞いた時に、貴方は私達の方を、つまり、右側を向いて教えてくれましたよね。あれは、即興で嘘の記憶を語っていたということですよね。」

「流石、学者さんだ。」

そもそも、昼食を確認した時の激昂の仕様。余程、庇いたかったんですね。」

「ふっ…えぇ、そうです。」

「その様子を見て、さっきの清時さんを犯人にでっち上げる方法が浮かびました。」

「そんなに明白あからさまでしたか?(笑)」

「ええ。山寺警部補も見抜ける程です。岸柳さん。貴方は人殺しにしては、少々慈し過ぎる様です。」

「そうですか。」

「だからこそ、貴方が道觀さんを手にかけた理由が気になりますがね。」

「ふふっ…そこまでは辿り着けませんでしたか。」

「残念ながら。」

「良いですよ。お噺して上げましょう。」

そういうと、岸柳は円禄になった。

円游がたおれたあそこに、円禄は正座する。

誰もが止めなきゃいけない筈なのに、誰も彼を止められなかった。あの、山寺警部補ですら。

「いやあ、こんなに早くバレるとは思いませんでした…」

円禄が羽織を抜いで、後ろの方に隠す。

「あれはそうですねぇ…」

早速、演題に入ってくれるようだ。

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