破・後編 目星

「では、佐野さん。今日一日の動きを、教えて頂いても。」

一人目は、漫家三六こと、佐野ハジメ。強竜の弟子で、二つ目。

「今日は、正午頃からこの傘幌カサホロ亭に来て、準備して、2時くらいに、高座に。」

終始ニヤ付きながら、右手で頬杖を作り、佐野は答える。

「証言をしてくれる人は?」

「近くの喫茶店で昼食べたんで、聞けば、わかるかと。それに、俺が着く頃には、前座が何人か既にいたんで。」

「わかりました。」

次は円禄こと、越後屋岸柳エチゴヤガンリュウ

「貴方は、円游さん。いや、道觀ドウカンさんとお昼を食べに行きましたね。」

「えぇ。傘幌亭ここに来る時は、昔から、あそこの店でね。」

「そうですか、では、道觀さんと岸柳さんは、何を食べましたか?」

すると、岸柳の様子が一変する。

「鰒と、俺は海鮮丼でしたけどぉ。あのぉ、まさか、店疑ってますぅ?正気ですかぁ?昔から、通っていたあの店で?今更、毒の処理を怠っていましたって?フザケんな!」

激しく貧乏ゆすりしながら、頭をき始めた。苛立ちのサインだ。

「こっちだって、真剣なんです。では、今日一日、何していました?」

体を壁に向かわせて、頭を掻いている右手越しにこちらに視線を送りながら、仕方なさそうに答える。

「駅で父と集合し、さっきの店に行って、そのまま傘幌亭に来ました。」

「それを証明する人は?」

「死人に口なしですよ…」

「そうですか。」

次に、馬田岳人ガクト。高座名、漫家強竜。

「今日一日、ここに来るまでは何を?」

「昼頃迄は寝とりました。昨日はカシラと夜遅くまで飲んでしもうたんでね。」

「頭は、つまり、高砂タカサゴさんのことで?」

「ええ、そうです。何でアイツは飲んでんのに、8時に起きれんのや…」

「越後屋さんのことは、どう思っていましたか?」

「そやなぁ、まあ、狸親父やな。」

「と言うと?」

「あの爺さん、普段は只の噺が上手い爺さんや。せやけど、裏じゃ、ぎょうさん汚い事しとったらしいで。殺されとうないから、詳しくは知らんがな。」

次いて、落語家の頭以蔵イゾウ。本名、高砂祥平ショウヘイ

「高砂さん、昨日今日は何をしていましたか?」

「昨日は馬田と深夜くらい迄飲んでました。今日は起きたら、ジョギング行って、歯医者行って、1時頃に傘幌亭に。」

「そうですか。馬田さんは昼頃まで寝ていた程ですが、お酒強いんですね。」

斜め上の返事に面喰らった様で、

「え。えぇ、まあ、強い方かと…」

そして、清時ショウ。あの時、止められた客で、元円游の弟子。当時の高座名は、「八凪亭左凪サナギ」。

「清時さん、今は金属加工会社にお勤めなんですよね。」

「ええ、そうですが…」

さっさと帰りたそうだ。

「貴方は越後屋さんに破門を言い渡されましたね?何故ですか?」

そういうのを聞くのはどうかと思ったが、案の上、

「あぁ?」

「お願いです。」

「俺を疑ってんのか?」

「皆さんを平等に疑っています。」

清時が背中に大袈裟にもたれる。左耳のピアスをいじりながら、清時が話を始める。

「俺さ、噺家目指す前さ、ちょっとヤンチャしててさ。悪い仲間とかいたのよ。3年ぐらい前かな、俺が二つ目なりたてだったから。一人さ、金に困ってた奴がさ、俺にすがってきたんだ。だから、師匠が高座上がってる時、こっそり財布から少しずつ札を抜くのを、繰り返したんだ。俺、荷物持ちとかやってたから。そしたら、2週間目でバレてさ、タコ殴りにされた。事情話したり、土下座したりして、必死に許しを乞いたんだ。でも、警察に飛ばされそうになったんだ。その時、たまたまいた円禄兄さんがさ、仲裁してくれてさ。俺をかばってくれたんだ、年上なのにみっともねぇ様の俺をよ。盗った金額を聞いて、師匠と俺の分を払ったんだ。でも、破門は避けられなかった。まあ、仕方ないよな。」

「じゃあ、今日寄席見に来たのは…」

「円禄兄さんが目当てさ。成長したね。」

気付いたら、清時は前屈みになって、穏やかな表情になっていた…

「山寺さん、私、犯人の目星がつきました。」

「ほう。」

私は耳打ちする。

「やはりですか。」

「え?」

「態度、わかりやすかったですもんね。もしかしたら、二上さん、いらなかったかも。」

少しむっとするが、まあ良い。

「で、逮捕する程の証拠はあるんですか?」

「そこが問題です。」

「あ、じゃあこういうのは?」

再び耳打ちする。

「丁度、容疑者の持物はまだ預っています。」

「完璧じゃあないですか。」

「だが、成功率は100じゃないでしょう…」

私は口角を上げる。

「心理学者の腕の見せ所です。」

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