破・中編 聴取

私が入った途端、四方から殺気の籠った視線が注がれる。

「あんた誰だ。」

噺家と思われる中年の男性がこちらを見て言う。名前が喉の辺り迄来て詰まる。思い出せない。苦しい。

「我々の捜査に協力していただいている専門家です。漫家マンヤさん。いや、馬田マダさん。」

若いスーツの男が入って来た。恐らく刑事だろう。というか、そうだ、思い出した。漫家だ。漫家強竜キョウリュウ。真打の。本名は…やはり思い出せない…。今気付いたが、この刑事、若過ぎないか。いや、若いのに、ベテランの様な振る舞い。何だ。私がさっき説き伏せた刑事と年に大差はない筈。だが、彼になら、断られそうな気がする。心理学者が心を見透かされるという皮肉を喰らっている気がする。なんて考えているとガチャという音がする。

「いやぁ~、すまねぇなぁ…腹壊しちまってよぉ…」

ヨレヨレの黒いコートを着た50代の男性が入って来た。

「あ、私、警視庁の芝浜正次郎シバハマセイジロウと申します。」

「警部、流石に遅れ過ぎかと?」

若い刑事が問う。

「いや、だから、謝ってるだろ~山寺ヤマデラァ~。」

芝浜警部が適当に山寺刑事をあしらうと、

「ぷっ」

と笑う声が聞こえた。

「落語家殺しの担当の刑事さんの名前が、『芝浜』かいな。面白オモロいな~(笑)」

「あ…?」

芝浜警部が少しいら立つ。

「警部。芝浜は落語の演目の一つなんです。」

くすくす笑っている落語家と思われる男性の代わりに、山寺刑事が答える。

「それでか…」

三六サブロク!やめんか。」

強竜が強く言う。また扉が開く。

「あ、警部、いらしたんですね。」

「山寺警部補も。」

2人の刑事が入ってくる。男性と女性。どちらも20代後半といった所か。片方の男性は私が説き伏せた方じゃないか。というか、「山寺警部補」だって?警部補?

「キャリアか…」

独り言のつもりが、漏れていたらしい。

「ええ。」

山寺警部補が答える。

「それより、三方ミカタさん、どうでした?」

三方刑事が、小声で言う。

「はい、体内からは致死量ギリギリのテトロドトキシンが検出されました。」

「テトロドトキシンか…」

テトロドトキシン。ふぐの体内に含まれていることで知られている神経毒。青酸カリの数百倍の毒性を持つ。

「被害者は昼に何を食べたか、わかりますか?」

「それが、知り合いの店で、鰒を食べたようで…息子の、円禄さんと一緒に…」

もう一人の女性の刑事が答える。

「そうか、灯下トモシタ君。有難う。」

「は、はい…!」

君とさんを逆にするなんて、変わってるな。と思いながら、頭を働かせる。テトロドトキシンは大抵の場合は、早くて20分、遅くても3時間以内には異変が起き始める。そして、大体は食べてから4~6時間の内に、死ぬ。もし、昼に鰒を食べたことが原因なら、死んだのが、4時過ぎ。そうすれば、確かに辻褄つじつまは合う。

「じゃあ、一人一人詳しくお話を聞かさせて貰います。まずは、一番左の佐野サノさんから。」

佐野は、まさか自分からとは思っていなかったのだろう。驚いた様子である。

「二上先生、頼みますよ。」

さ。出番だ。一挙一動、詳しく見させて貰おうじゃないか。

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