おまけ:鉱物人形が添い寝をしたがる理由

*****



 よほど疲れが溜まっていたらしい。

 夜間勤務のため詰所で待機するように命じられていたのだが、連日の出撃による報告書の提出を急かされていてずっとまとめていたため、ここ数日まともに寝ていなかったのがよろしくなかった。

 出撃になれば起こすからと、オパールに仮眠室に案内されて一瞬で気絶した。眠るというよりも電源が落ちたみたいにスッと意識が飛んだわけだ。


「……お?」


 ふさふさの真っ白な睫毛が動く様がはっきりと見えて、俺は思わず後方に退いた。背中と頭を壁に強かにぶつけて悶えた。


「はは。きみは体が柔らかいな」

「添い寝をするなっ! 心臓に悪い」


 鉱物人形は男型なのだが、顔立ちは整った中性的なものも、どちらかといったら女性にしか見えないような外見を持つものもいる。オパールは中性的な容貌であるが、色白で瞳が大きめなところが女性のように俺には感じられるのだった。

 俺が注意をすると、オパールは上体を起こして首を傾げた。


「オレが常にそばにいることで魔力あたりをしにくくさせることができるんじゃないかって思ってな」


 なるほど?

 俺は痛む頭をさすりながら上体を起こした。仮眠室の簡易ベッドが揺れる。


「きみの守り石を取り込んでいる都合上、魔力の質が似てきたし、慣れやすいんじゃないか?」


 初日の出撃で致命的な怪我を負ったオパールは、俺の守り石を取り込むことで回復をした。以降、彼の体調の変化を観察し続けてきたが、魔力の質に変化があったこと以外は任務に支障が出るような変化は起きていない。


「その考察は興味深いが、説明なしに布団に入らないでくれ。みんなに誤解されるだろ」

「誤解?」

「恋人でもないのにってことだ」

「ああ、なるほど」


 ぽんっと両手を叩いて、オパールはにかっと笑った。


「その点は問題ない。そういう関係だとみんな思っている」

「……はぁっ?」


 思ったよりも低い声が出た。

 オパールは傷ついたような顔をした。


「片想いか……」

「そういうことじゃない」


 頭痛を覚える。俺の守り石を取り込んでしまった都合なのか、距離感がおかしい。俺がため息をつくと、オパールも大きく息を吐いた。


「――だがな、きみ。精霊使いは鉱物人形と一緒に眠ることが多いんだ。互いの魔力を馴染ませて連携を取りやすくするためにそうしている。まぐわいを強要しないだけ、前向きに考えてもいいんじゃないかと思うんだ」

「ま、まぐわい……」

「おっと、純情な反応だな」


 顔が赤くなっている自覚がある。俺は見られたくなくて顔をそむけた。左手で顔を覆い、右手はオパールと距離を取るように伸ばした。


「不純の間違いだ。離れてほしい」

「ん?」


 オパールは俺の右手を避けて近づいてくる。もともとそんなに離れていなかったので、逃げ場なんてないから押し倒された。


「なんだ? オレで想像したのか?」

「う、うるせえ! オパールが女だったらまずかったなって思っただけだ!」


 そこで仮眠室のドアが開いた。


「いつまでイチャイチャしてるの? 夜勤終わってるよー」


 エメラルドの声がドアを開けた位置から響いた。個室まで踏み込まなかったのは彼なりの配慮なのかもしれない。


「うげ、そんなに寝てたのか」


 体を起こそうとしたが、オパールにのしかかられているので動けない。一般的な研究者である俺と戦場を舞う鉱物人形では体術で負けるのだ。


「お、おい、オパール」

「バル」


 見下ろしてくるオパールにからかっている様子はない。戦場で見るような鋭い眼差しに、俺は釘付けになった。


「いいか? きみは生身の人間なんだ。無理をするならオレが強引にでも休ませる。必要なら抱くことも厭わない。鉱物人形が精霊使いを活かすためにすることだから、オレは覚悟ができている」


 強めに俺の肩を押すと、オパールはベッドを降りた。


「ま、しばらくは添い寝だな。魔力あたりを軽減できるようになっておかないと、今後は困るだろ」


 ニッと笑って、オパールは先に出て行ってしまう。

 って、俺が抱かれる側なのか?

 ポカンとしていると、エメラルドがカーテンで仕切られただけの個室に顔を出した。


「バル先生、お加減はいかが?」

「まあ……よく眠れた、かな」


 時刻を確認すれば、エメラルドが声をかけてきたとおり勤務時間をずいぶんと過ぎている。体が軽く感じられた。


「そう……ふふ。オパールには悪夢を取り除く効果があるからね。安眠できたなら、礼を言うといいよ」


 鉱物人形にはそれぞれの元になった鉱物によって特殊効果が備わっているのだが、どうも蛋白石には安眠効果があるようだ。


「わかった。助言、ありがとう」

「それと」

「うん?」

「鉱物人形は慕ってる精霊使いと添い寝したがるものだからさ。ボクも隙あらば隣で寝たいんだよね」

「……はいぃ?」

「ボクはあまり魔力の制御が得意ではないから無理に迫らないだけってことは、覚えていてほしいな」


 妖しく笑ったのち、エメラルドは跳ねるような歩調で部屋を去った。


「ええ……」


 寝不足による頭痛が消えたはずなのに、別の理由で俺は頭を抱えることになってしまったのだった。


《おまけ 終わり》

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鉱物研究者ですが、魔物退治はじめました。 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

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