第4話 地下通路散策
*****
暗い。そう思ったのもつかの間で、ルビが灯りを出してくれた。これは彼の能力の一部らしい。
「魔物の気配もないから灯りをつけたが、何かあればすぐに消す。いいな?」
「わかった」
灯りは俺のためということのようだ。よくよく考えると、暗がりで困ることになるようなメンバーではないことに思い至った。鉱物人形としてのスペックもそうだし、視力なり気配なりで敵を見つけるのが得意なのだ。
「しっかし、ずいぶんと潜ったものだね」
エメラルドが上を見ながら告げた。光が遠い。
さっきの屋上から地面までよりも深い位置に落ちてきたらしい。ここには地下空間があるということだ。
「地上には出られそうか?」
俺の問いに、エメラルドは首を横に振った。
「ボクたちが跳んだとしてもちょうどいい着地場所がないんだよ。真上には出られないだろうね」
「あー、そうだな。バルを連れて跳ぶことはやぶさかではないんだが、着地場所は続いていないな」
エメラルドとオパールが相談している間に、オブシディアンが周囲を見ている。話し合わずとも各々自分の能力を活かした行動ができるようだ。チームワークはいいのだろう。
俺ってば、足手まとい……
そう後悔する一方で、この周辺の通信環境の悪さは気になるところである。安全な場所から指示を出す選択をしていた場合、おそらく今頃は通信ができなくなっていたことだろう。一緒に行動していてよかったかもしれない。
オブシディアンが水平方向を指で示した。
「横には移動できそうだぞ」
「横、か……。街として機能していた時の地図、表示できるか?」
端末を操作しながら、オブシディアンの意見を受けてオパールが尋ねる。
「いや、地下だからか不安定だな」
「こっちもダメだ」
「一応、端末に情報は落としてきたが」
俺は自身の端末から地図を呼び出す。通信を使っていないから展開が早いものの、容量の節約のための処理で解像度が低い。
みんなの注目が集まった。驚いた顔をしている。
「あんなに短い準備期間でよく気が回ったな」
「いや……万が一迷子になったら、自力でどうにかしないといけないと思ってな……」
任務のためなら切り捨てていいと言い切った手前、万が一にも置いていかれたら自分でどうにかせねばならない。行き先がわかっていることと、その場所が放棄された地域であることから、通信が途切れても帰れるようにとデータを落としておいたのだった。
「きみ、この仕事、向いてるよ」
オパールが笑って、地図を覗き込む。地下通路は東西南北に延びているらしかった。どこまで生きているのか定かではないが、行く価値はありそうだ。
「よし、とりあえずそっちに進んで、地上に出る道を探ろう。魔物の気配はないし、なんとかなるだろ」
「異議なし。次にまた揺れたら、上から落ちてきそうだしな。長居は無用だ」
進むオパールにルビが続く。
「何かに気づいたらすぐに教える、ってことで」
「承知した」
エメラルドとオブシディアンも従う。俺もオパールの後ろをついて、慎重に足を進める。
ただ、気になることはあった。
魔物の気配がない一方で、瘴気が濃い地域を歩かされている――そのこと自体に意味があるんじゃないか、ということだ。
俺は歩きながら考える。
上の連中は、俺を始末するために特殊強襲部隊に配属した。昨日の今日でずいぶんと思い切ったと呆れたものだが、何かそうせざるを得ない事情があったんじゃなかろうか。
そういえば、このメンバーもある程度知っている仲間ではあるらしいが、入れ替えをしたのだと言っていたのも気になる。
特殊強襲部隊全体ではもっと人数がいるらしい。組織表によると、このチームだけではなく、同規模のチームが複数あるのは間違いない。
ひと月前までは人間の指揮官がいたが、今は怪我か何かで前線に出られなくなったために精霊使いになったと聞く。なにがあったのだろう。聞くべきだろうか。
「……体調はどうだ?」
俺が唸っていたからだろう。先頭をルビに任せて、オパールが俺の隣に並ぶなり聞いてきた。
「今のところは問題ない」
「意見があるならうかがうが?」
「いや……ううん、あるにはあるんだ」
「なんだ?」
「この部隊ごと、消されそうになっていないか?」
慎重に言葉を選んだつもりだが、オパールは俺の問いに足を止めた。みんなも数歩進んだ程度で歩みを止めた。
「なんだ、察したのか」
「そうじゃなければ、俺の亡骸をよそもんが見つけないようにこんな地下を歩かされているんじゃないかって考えた」
「……自称、鈍感ってだけで、勘は冴えている方ってことか」
クールな喋り方をするのでゾクゾクしていたのだが、警戒する俺にオパールはにかっと笑った。
どういうことだ?
「ああ、いや、怖がらないでくれ。気に入らない相手だったら、上の依頼通りに捨てて帰ろうって決めていたんだが、相手が敬愛するバル・メルキオーって聞いて方針を変えたんだ。この頭脳を捨てるには惜しい、って」
オパールの言葉に、ルビもエメラルドもオブシディアンも頷いた。俺に対しての評価は部屋で聞いた時から変わっていないようだ。
「じゃあ、その、なんだが。前にこの部署にいた人間も、始末されたってことなのか? 君たちによって」
「あれは彼女の意志だから、手はくだしていない、かな。手は回したけど」
エメラルドが肩をすくめて答えた。
「優秀な女ではあったが、この任務を続けるには負担がかかりすぎる。人間であるうちに辞めておいた方が彼女のためだ」
ルビがそう告げた。
「今回の任務は、魔物討伐が本題ではないということなのか?」
俺の問いに、彼らはそれぞれの顔を見合った。視線で会話している。
なお、俺は彼らに囲まれているので、逃げることは不可能である。外敵から守るためのフォーメーションではあるが、俺が彼らから逃げるには不向きな配置である。
「……魔物討伐だと聞いてここに来てはいるんだが、アンタが指摘したように、おれたちごと処分するつもりがある可能性は捨てられない」
オブシディアンがその低い声で状況を説明する。
「いきなり空中に放り出されたのも、か?」
「あれは割とデフォルトなんだよねえ」
「そうなのか……」
エメラルドが苦笑した。
そうか、いきなり空中に飛ばされるのは本当によくあることなのか。
密かに、次の出撃命令があったらパラシュートの準備をしておこうと心に誓う。それはそれで目立ってしまうので、魔物と遭遇していたら悪手のような気もしないでもないが。
「任務の様子がおかしいのは事実なんだよな。これだけ動いているのに魔物が来ないってのも妙なんだ」
「それって、俺が一緒にいる都合で魔力の出力を抑え込んでいるからだったりしないか?」
「ああ、なるほど」
オパールが手を合わせた。
「おびき寄せるために、魔力の解放してみるか」
オパールが視線をオブシディアンに向ける。彼は頷いた。
「魔力あたりを防ぐためにオレがバルの盾になる。ルビは迎撃準備、エメラルドは索敵開始だ」
「了解」
「準備オーケー」
それぞれが意識を集中させる。
オブシディアンは携えていた剣を構えて精神統一を始める。魔力の影響からか周囲が重く感じられる。
空気が震え、ガラスが割れるような音が響く。
「破!」
一喝。オブシディアンの声が地下空間に響き渡る。それと同時にひゅるりと長い物体が彼に向かって伸びてくる。
「ほう? これは見ないタイプの魔物だな」
ルビが間髪入れずに術で炎を出して長細い物体を焼き切った。焦げたにおいが立ち込める。
「鉱物人形の魔力に反応するタイプってことだな」
「気配が周囲に増えているよ」
「本体はどこだ?」
冷静に分析し、次の攻撃も焼き払ってルビが情報共有をし、エメラルドとオパールがそれぞれの役割に応じた返答をする。
戦場に慣れていない俺の出番はなさそうだ。
「空間全体の状況は把握した。ひとはらいするからしゃがんでろ!」
オブシディアンが剣を構えて横に薙ぎ払う。
オパールが俺の頭を下げさせて、なんとか衝撃波をかわせた。危ない。一般人、そんなに機敏に動けねえよ。
プチプチという小さな破裂音が至る所で聞こえたかと思えば、ようやく静けさを取り戻した。
「ザコは一掃した。本体はこの奥だ。先行する」
巨躯を使いこなしているようで、オブシディアンは宣言するなり暗闇に姿を消した。
「あーあ。……行っちゃった」
「いつも、ああいう感じなのか?」
「そうだな。だから、心配いらないぞ」
直後、魔物の悲鳴が聞こえてきた。絶命の声。空気が震える。
「魔力を抑え込んでいた都合で、能力も抑え込んでいたのか。オブシディアンは強いんだな」
「戦場にもよるさ。向き不向きがある。俺はあいつより強いぜ?」
俺がオブシディアンを評価すると、ルビがすぐに反論した。
「――それこそ、状況次第だろ。おれが勝つことも多い」
そうたたずにオブシディアンは戻ってきて、ルビの言葉にツッコミを入れた。余裕の戦闘だったようで、着衣の乱れも汚れも見当たらない。瞬殺だったようだ。
「おいおい、喧嘩はよせ。模擬戦で決めるってことで」
「異議なし」
オパールが仲裁に入り、エメラルドが強制的に模擬戦の方向に舵を切った。ルビとオブシディアンは渋々それに従う。
「じゃ、任務完了ってことで、地上への道を探しますかねえ」
瘴気が薄まっていくのを感じる。魔物討伐に成功したのは間違いなさそうだ。
オパールの指揮で出口を探しに行こうと動き出したその時だった。
全くそういう気配を感じなかった。
油断していたといえばそうなのだが。
オブシディアンが剣を抜き、俺に斬りかかってきたのをオパールが身体で受け止めていた。
「なっ⁉︎」
オパールの身体が割れる。左肩から右脇腹まで剣先が滑り、斬り裂かれた部分から白く耀く石がパラパラとこぼれた。
「ちっ……」
斬られたオパールは片膝をつき、歯を食いしばっている。痛みがあるのだろう。人間のように血や内臓が飛び出すわけではないが、斬られた場所から彼らの生命の源でもある魔力が流れ出ていくのが感じられた。
「……おれじゃない」
オパールに気を取られている間に、ルビがオブシディアンと対決をし、剣を手放させていた。腕を背中側に捻り上げ、身動きを封じている。
「わかっている。術を仕込まれていたんだ」
ルビがオブシディアンの背中に手を添えて術を放つと、焼ける音がした。瘴気の塊が蒸発する。
「ボクたちの行動を読んで、仕込んでいたみたいだね」
オブシディアンの背中を確認したエメラルドは、次にオパールの傷の具合を確認した。
「参ったな、ボクの回復術では魔力の流出を抑えきれそうにないや」
「マジか……じゃあ、オレはもういいわ。オレなしでも、帰還できるだろ?」
「いやいや、連れて帰れるだろ」
オブシディアンにかけられた術を解除できたなら、彼に責任を持って運ばせればいい。体格的に運べないわけがないのだ。
俺の指摘に、エメラルドは首を横に振る。
「オパールの核を傷つけられてしまっているから、無理に動かすと消滅してしまうよ」
「なっ……」
「そういうことだ。運がねえなあ」
オパールの顔に脂汗が浮いている。白い肌であるが青白くなっているように見えた。
「待て。諦めるな」
何か方法があるはずだ。
俺は自身の知識を全力で思い起こし、あることに気づいた。
「精霊使いなら、あんたを直せるよな?」
「精霊使いであっても、魔鉱石がない状況では核までは直せない」
魔鉱石は魔力を封じ込んだ人工的な石であり、鉱物人形の修復に使用される。魔力の回復だけであれば粘膜接触によって魔力の受け渡しが可能ではあるが、今回は物理的な怪我の修復のために物が必要なのだった。
そもそも、俺自身に魔力が少ない。粘膜接触という手段では回復させることはできないだろう。
絶対に何か方法がある。
俺は胸元に手を当てて、慌てて首からさげていた守り石のことを思い出した。紐を引っ張って石を取り出し、オパールの身体に押し当てる。
「俺の守り石は蛋白石だ。精霊の加護はないが、俺の魔力をずっと浴びてきた物ではある。これなら回復できるだろ」
鉱物人形を回復させるための魔法式はそらで描ける。俺がイメージすれば、微かな魔力が反応し魔法式を描き始める。
強引な方法で回復させようとする俺を見て、オパールが焦った。
「ま、待て、バル。それを使うのはよくない。早まるな」
「オパール。これ使って回復したら、俺のパートナーとして仕えてくれよ。俺は今後、自分の命を粗末にするような言葉は口にしないから、あんたも命を粗末にするようなこと、言わないでくれ」
俺が説得すると、オパールは迷うような表情をして、大きく息を吐き出した。
「――ああ、わかった。約束するさ」
守り石がオパールの中にゆっくりと飲み込まれ、傷が癒えていく。
「魔力の流出が止まったことを確認。……すごいねえ、精霊使いでもなければ、契約している相手でもないのに回復させるなんて。核も問題なさそうだよ」
エメラルドがオパールの体に触れて、結果を告げる。
「まあ、今のが契約みたいなものだからなあ……」
オパールが照れくさそうに告げて、俺のほうを見た。
「俺を守る盾になってくれたんだな。感謝するよ、オパール」
「きみの能力は高く買っているんだ。お安い御用だな」
そう返して、オパールはまたどこかからコモンオパールを取り出して、俺の手に握らせた。
「しばらくはそれを守り石の代わりに持ってろ。精霊入りだから、前のよりは働くと思うぜ。危険が近づいてきたら、色が変わるとかな」
「それはありがたいけど……これ、大事なものじゃないのか?」
「エンゲージリングにしようって思っていたやつだから、きみが持つのにふさわしいだろ」
「エンゲージリング……」
ずいぶんと重い石のようだ。
俺があからさまに嫌そうな顔をしたからだろう。ルビとエメラルドが笑う。
「あんまり無茶はできないが、帰ろうぜ」
元気そうなオパールの号令に、みんなバラバラに答えて出口を探しに歩き始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます