第2話

 それから長い月日が過ぎた。そして彼は、宇宙飛行士になった。

 

 いつ勉強をしていたのか、全く分からない。実際、彼の部屋を覗いても、宇宙や天体に関するような本は全く見受けられなかった。疑問に思った私は、宇宙飛行士になったことを祝うついでに、それとなく質問してみた。


「いつ勉強してたのよ。あなたはずっと望遠鏡を覗いてたじゃない」

「あぁ、それはね、月が教えてくれたんだよ」

「月が?」

「そう。おふくろが、全部教えてくれるんだ。宇宙飛行士には何が求められるのか、それをどう身につけ、どう活かすか。休憩時間には、月とは何か、そこから広げて宇宙とは何なのかも教えてくれた。とてもおもしろかったよ」

 

 この子は、こういう子なのだろう。実際に宇宙飛行士になったことで、自分とは違う世界に生きているということがはっきり分かった。天才は、凡人には理解出来ないのだ。


 数年後、彼は月に行くことになった。アポロ十一号以来の、大きなプロジェクトだ。なぜかそれほど驚きは無かった。どこかで他人事のように思えてしまったのだろう。


「じゃあね、行ってくるよ」

「ええ。気をつけてね」

「今まで育ててくれてありがとう。この恩は忘れないよ」

「何よ。もう二度と会えないみたいな言い方して」

「そうなるかもしれない」

「え?」

 

 彼は突然無表情になって、私に背を向けた。そのまま、彼は歩き出してしまった。

「待って!」

 最後に、少しだけ話がしたかった。なんでもいい。だから、彼が好きな月について質問した。

「ねえ、お月様に、好き嫌いはあるの?」

 すると、彼は嬉しそうな顔をしてこう言った。

「好きなものは地球で、嫌いなものは人類だよ」

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