月の子

鼻唄工房

第1話

「僕は月の子供なんだ」

 

 最近、息子がそう言うようになった。

 もちろん最初は、冗談だと思って聞き流していた。小さな子は、こういう変なことを口走るものである。しかし、彼はその冗談をやめなかった。一週間、一ヶ月と続き、もう一年が過ぎようとしている。さすがに気味が悪い。

 

 夫に相談してみたが、「冗談に決まってるだろ」と、まともに取り合ってくれなかった。悶々とした感情を抱いていた私は、実際に学校にも足を運び、息子の様子を訊ねた。が、「変わった様子はない」の一点張りで、軽くあしらわれてしまった。

 

 思い返すと、クリスマスプレゼントに天体望遠鏡を買い与えたのが失敗だった。小学一年生でもうそんなものを欲しがるのかと感心し、上質なものを買ってしまったことが余計に拍車をかけたのだろう。

 

 息子はそれからというもの、四六時中望遠鏡を覗き込んだ。朝も、昼も、夜も。ご飯を食べ終わると、一目散に自室に戻る。この頃は、家族との会話もあまりなくなっていた。

 

 ある日、息子に聞いてみた。


「望遠鏡で何見てるの?」

「お母さんだよ」

「私?」

「いや、月」

 

 初めて息子に、奇妙な感情を抱いた。自分の子供ということを忘れてしまうほどの、である。今思えば、私と夫は黒髪にも関わらず、息子の髪は茶色に照っていた。その時点で、疑念を抱くべきだったのかもしれない。

 

 しかし、月のことを話す息子は、とても生き生きして見えた。小学二年生とは思えないほど、月について様々なことを教えてくれる。直径。密度。重さ。起源についての学説。挙げ句の果てには、性格まで。息子によると月は寂しがり屋らしい。だから、僕が側にいてあげないといけないんだ、と彼は語った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る