第37話

 いつの間にか何度目かの眠りに落ちていたようだ。

やっとのことでスッキリ目が覚めたような気がする。

軽くなったカラダを起こして、辺りを見回すと、部屋の隅で床に転がって、ぐっすり眠っている大芽を見つける。


…疑い過ぎなのか…?


立ち上がって自分のカラダにかけられていた薄手の毛布をふわっと大芽にかける。

なんとなく、寝相でくるくる踊って、隣で毎日のように蹴られていた幼い頃の妹を思い出しておかしくて愛おしくなる。

少し歩いて簡単に出入り口を見つけることがでたが、しっかりと外側から施錠され、内側からも鍵が必要なようだ。

仕方なく蔦を伸ばして鍵を壊す。

扉を出ても、やはり空は見えないが、天井にはステンドグラスがびっしりと張り巡らされてキラキラとカラフルな光が降り注いでいる。

……地下ではない?

西洋のお城のような手の込んだ、細かいレリーフの装飾が左右対称に施された見事な壁に目を奪われながら、幅の広い白い階段を静かに降りる。

脇には火の灯っていない使い古された金属の燭台が等間隔に並んでいる。

こんな手の込んだ眩しいほどの人工的な美しい風景はテーマパークや映画の中で少し見たことがあるくらいで、ほんのうわべでしか知らない。

あの時は、自然以外にも美しいものがありふれていた。それが誰も疑わず普通だった。

それはヒトがこのセカイにいるからこそ、生まれた奇跡の光景だったんだ。


なのに…

ヒトは自分たちでその美しさを壊してばかりいるじゃないか?


さらにその先へと進もうと、迷いなく次の扉に手をかけたところで、セキが影から現れて目の前で進行の邪魔をする。

何よりも優先すべき主を思っての行動で、堪えて平静を装っているが、どこかに消し去れない不安を隠しているのがバレバレだ。


「……セキ、」


あんなに血を流していたはずなのに、セキも自分と同じように今はもう、些細な怪我のひとつもない。

それは……当たり前か…。


「わかっているから、どいてくれない?………どうしても、行きたいんだ。」


膝をついたセキの頭に手を伸ばして、ふわふわ撫でて「大丈夫」を伝える。

敵意のない無数のヒトの気配がある。

危険はないとは、けして言い切れないけれど…

それにハクとアオイもこの向こう側にいるんだ。

ここでも、さっきと同じ手順で、手早く鍵を壊す。

向こう側には、十字架を掲げた神聖な祈りの場があった。

自分の姿に一気にその場にいた数百人の視線が集まって、1つ残らず会話が止む。

そういえば、派手になった髪の事を忘れていた。隠しておくべきだった。


「……し、神君……。」


たった1人の老人が呟いた言葉で、全てのヒトが次から次へと自分に向かって頭を下げ、平伏する。

下を向いた、個々それぞれの顔はどんな表情を浮かべている?

神への忠誠心ばかりではないだろう?


怖くなる、怖くて、怖くて。


カラダが徐々に熱を帯びるのをじわじわと感じる。

向こう側のさらに大きな両扉がバンと片方だけ勢いよく開く。

バタバタと早歩きでこちらに向かってくるのは一見、細身の男性のような姿をしている凛とした女性だった。


一目で釘付けになる。


知らないはずがない。


お陰で熱は消えていく。


明るい栗色の髪を高い位置で結えたポニーテールを激しく揺らしながら、足元まで近付き、目を合わせることもなく、すぐに周りのヒトたちと同じように、目の前で深く平伏をする。


「……ね、ねえ…姉さん、だよね…?」


母親の若い頃にあまりにも似ていて、その手に縋りたくなる。

昔から心配症で小さなもう1人の母親みたいなものだったけれど。


妹も信じていた、生きていると。


「……この愚か者を、まだ姉と、呼んでいただけるのですか?わたくしは、神君を護らねばならない立場だったというのに…いとも簡単に見失い、今の今まで何1つ任を果たせずにいたのですよ…?」


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