第35話
手を伸ばした先にもう彼女はいない。
気配すら、ひとかけらも無い。
一瞬で結界の外に出た、のか?
そんな事を普通の人間が、安易にできるのだろうか?
必死になって、辺りを隈なく見渡す。
微かでもいい、彼女を何処かに感じたかった。
だって、きっと、まだどこかに、
けれども残念ながら、ここには、まだ警戒を一切解いていない下僕たちがいるだけだ。
「……しょうがない、大芽さんの所に戻ろう。」
セキもアオイも、どうしたものか、返事もせずに、緊張感を漂わせたままだ。
とにかく今は、もう諦めて、来た道を引き返そうと足を運んだはずなのに、気付いた時には、地面に転がって、血塗れのセキがその上に覆い被さり、なによりも必死になって自分のことを守っていた。
「セキ!?」
当たり前だが、状況をすぐに飲み込めるはずがない。
結界の中は安全じゃなかったのか?
大芽の元に残して来たはずのハクの気配が、どんどんこちらに近付いている。
それに……
すぐ近くに、禍々しい気配が1つ。
それの正体を知らない、知りたくない。
「結界の中でどうやって!?そなた何者か!?」
驚きを隠せない様子のアオイが早口で問いかけたところで、当たり前だが返答はこない。
気付いてしまった、気付きたくなかった。
どんなに傷だらけになっても動こうとしないセキをやや強引に退けて、やっとのことで立ち上がると、タイミングよく影から現れたハクが目の前で首を横に振る。
「……ハク、邪魔、しないで。」
「しかし!要様を失うわけには…」
「……命令だよ!」
ガツンと言い聞かせて無理矢理大人しくさせたハクの横をゆっくり過ぎて、前へ前へ足を伸ばす。
「……俺は大丈夫だから!」
アオイも動こうとするから同じように黙らせた。
ずっと、ずっと小さな声で、たった一言を繰り返している。
聞こえないふりはできない。
どうして、そんなことを言うのか教えてほしい。
知らないことが悔しい。
まるでコントロールができていない、鋭い棘のついた蔦が、あちらこちらへ伸びて、度々忘れかけていた痛みを与える。
あの時の自分と似ている?
それでも、足は止めない。
止めたりできない。
「……花恋、ちゃんと話しをしよう?」
やっとのことで再び姿を瞳にしっかり捉えて、精一杯手を伸ばす。
「……っ!」
容赦なく襲う棘に、体の数十、いや数百箇所を刺されて、さすがにフラフラしてきた。
彼女を傷付けたくはない。
彼女だけは死なせたくない?
そうだ!
一瞬にして地面に色とりどりの季節の花々を咲かせ、彼女の視線を虜にさせる。
動きが止まった所を見逃さずに、素早く蔦を彼女の身体に巻き付ける。
「……して…こ……して。」
ぎゅっと抱き寄せて離さないまま、限界を迎えて花の上に倒れ込んでしまう。
彼女も共に視界を闇に落とす。
「「要様っ!!」」
遠くの方でアオイとハクの声がずっと響いている。
沢山の足音が、どんどん近付いている。
それなのに、もう、動けない。
動くことができないんだ。
花の絨毯がじんわりと赤く染まっていく。
おわるのか?
おわってしまう、のか?
ほとんど、もはやヒトではないはずなのに、死の恐怖を感じた。
のこしておわりたくない。
だって、まだ話しをしていない。
まだ、言えてないことも、あるんだ。
おわるはずがない事は、ちゃんと理解していたが、遠のく意識を必死に追いかけたかった。
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