第34話

 そのまま蝉の声が永遠と騒がしい雑木林の中を、目的もなくウロウロしていると、唐突に影の中から現れたセキに足を止められる。


「……要様、この先にヒトの気配があります。」


わざとセキの耳にも届く大きなため息を吐いて、腕を組む。


「……悪い気配じゃない。」


植物の力を手のひらから思うままに放てば、地球上には敵なんていないも同然だというのに、本当に過保護にも程がある。

セキをその場に残して、さっさと再度足を進めると、雑木林を抜けたのか、視界が一気にひらける。

足元に目線を落とすと、沢山の木々が枯れて倒れてしまっている。

結界の中であっても、周りの土地の影響を少なからず受けてしまうから…


汚染された土と水、空気までも


可哀想に。


近付く気配が、再び、自分からは、なくなったはずの胸の鼓動を速くしている。


そんなはずは、でも嘘なんかじゃない。


近付いていく…


紛れもなくこの気配は…


どんどん近付いていく


そうであって欲しいと願っている。


さらに近くに…


自分の願望が、そう思わせているだけなのかもしれない。


もうすぐ見えてくる。


確かめなければ…


あと少しだ。


願望だけじゃないんだ。


もう間も無く…。


会いたい。


まだ、見えない。


再び巡り会いたい。


見えて来ない。


ちゃんとお別れもできなかった。


早く、もっと速く足を…


それは、また、こうやって会えるから、だったからなのだろうか?


どうしてこんなに、平坦な地面が長く険しい?


低い木の合間にお地蔵様が数体、積まれた石と共に並んでいる場所に出る。

お供物のまん丸いお菓子の傍に添えられている小さな赤い風車たちがカラカラと乾いた風に揺られ回っている。


そこでようやく、艶やかな長い黒髪の後ろ姿を見つけて、1度、しっかり目を擦って、やっと現実を確信する。


「……か、花恋!」


振り返った少女は穏やかに笑みを溢す。


「かなめっ…!」


こちらに伸ばされた手を、迷いなく取ろうと、右手を伸ばすと影の中から急ぐように現れたアオイにそれを阻止されてしまった。

数センチが数メートルも数キロもあるみたいに、こんなに近いはずなのに、とても遠い。

彼女の着ている軍服が見えなかったわけじゃない。寧ろ、すぐにわかっていた。

でも、敵意は無い。

あの時と変わっていない。

変わってほしくないと思ったから?


「アオイ……大丈夫だから。」


罠だとしても、その手を取らずにはいられなかった。

やっとのことで握り合えた手と手をぎゅうっとぎゅっと固く結ぶ。

目と目を合わせたら、懐かしいくすぐったい気持ちが込み上げて来る。


聞きたいことは山ほどあるのに、聞いてはいけないような気がして、ただ、そのまま見つめ合う。


ずっと、このまま、こうしていたかった。


恐ろしいほどに殺気立っているアオイ、それに影の中にも同じようなセキがいつの間にかいる。


大人しく手を離して、頭のてっぺんから足の先まで、あの時と変わりのない花恋である事を確認するのだが、花恋はとても悲しそうな顔をして、背中を向けてしまった。


「……ごめんなさい、要。でも、やっぱり会いたかったから。会えてよかった。」


「……どうして謝るの?俺だって会いたかったよ。事情は知らないけれど…」


「早く殺して。」


こちらの言葉を遮るように、一言だけやっと聞き取れるくらいの早口で呟いた言葉が、鋭く胸に刺さって棘みたいに抜けなくなった。




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