第29話

 セキは立ち上がりこちらにしっかり一礼して一歩下がる。

ぎゅっと紅色の瞳を瞑ると、風が巻き起こり、地面の草や葉をパサパサ巻き込む。

みるみるうちにセキの姿が溶けていく。

風がおさまると、燃え盛る烈火のような神秘的な真朱の羽根を、のびのびと広げる巨大な鳥がそこにいる。


「……これが、神獣朱雀。」


そっと近付いて手を伸ばすと首を垂れる。

恐る恐るふわふわの羽毛に触れると、覚えていないはずなのに、なんとなく懐かしくて、何故か心から安心できる。


「ほら、ハクも行くよ!」


ハクの手を強引に引っ張って、共に飛び乗ってセキの背に身を預ける。

一気に空へ空へと駆けて壁を越える。

やっと自分で選んだ道へと進む。


 木の影からコソコソと見守っていた大芽と愛は、隠れるのをやめて身体をそらして空を仰ぐ。眩しい程火の粉が舞うように輝く鳥に息を呑んで目が少しも離せない。


「……なあ愛、綺麗だなぁ。…やっぱり神サマには敵わないな。」


「……敵うと思ってた?」


「いや、全く思わん。」


「思わなかったら言うなよ。」


愛はぺたんと地面に座り込んで大きな溜息を漏らす。

見上げた夫の背中はいつにも増して大きい。


「それで大芽、あたしの代わりに本当に行くつもりなのか?行ったら絶対に後悔するぞ?やっぱりあたしが……」


「いいや。長い年月をかけてオマエに、ここの防衛システムを全て叩き込んだのが無駄になる。」


大芽は愛の隣にドンと腰を下ろし、愛の顔を覗き込む。


「…馬鹿だ。本当に馬鹿だ!」


「いや、俺には出来ないが、オマエは未来を残せるだろう?」


「未来なんて、あと、どのくらいあるか…。可哀想だよ。それに予言を曲げてうまくいくのか…?」


「予言なんかに縛られてたまるか。まだ、まだ、思ったよりも先は長いかもしれんのだぞ?」


大芽は愛の頭を優しく撫でようとするが、パシっと腕をはたかれて阻止されてしまう。


「触るな、馬鹿!」


「今から仲良くするのにか?」


「馬鹿!馬鹿!」


何度も立ち上がろうとしてうまくいかない様子を見かねて、大芽はとても手を貸したかった。

けれど、それすら愛は受け取らず、試行錯誤の末、やっと立ち上がったかと思えばツカツカと早歩きで、さらに加えてうるさいくらい大きな声で「馬鹿、馬鹿。」と繰り返しながら兄とは反対の方向へと進んで行った。


在るべき場所へ。


「まったく、拾ってやったかと思えば、子どものくせに妻にしろと騒いで、妻にしたかと思えば、オレよりも能力を持って、すっかり実質的なここの長に…なってくれたな…。」


運命なんてない。

それは、己がつくって、歩んでいったものの、結果に過ぎないんだ。


だから、嘘つきなんだ、予言なんて。


そんなものに、この思考が乱されるわけもない。


運命の通り失うのは違うのではないか?


ざわめく木々をすり抜けて舞い降りてくる、不吉なほどに美しい1枚の羽根に手を伸ばす。


「……全人類の敵…。」


手のひらをかすって、それは地面に音もなく落ちる。


幾千も幾万もヒトが連なり、出来上がったこの奇跡からだを簡単に手放しでいいのかわからない。

神に対抗する術など待ち合わせていない。

兵器も操れない。


大切な人を泣かせることになっても…


ただひたすら平坦で予言に狂わされるだけの道を逸れる覚悟を決める。




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