第23話

 さらにもう1度階段を降りた先で、扉の横の壁にくっついている小さな端末に大芽は手慣れた様子で、手元を全く見ずにピッピッと暗証番号をサクサク入れ、SF映画みたいな自動ドアをシュッと開けた。


「大芽、戻るの遅いぞ!!」


開けた途端に女の人の怒っている声がする。

姿は見えないけれど、この声は……

何処かで聞いたことのある

とても懐かしい…

少し低くなっている感じがするが

いつも隣にいた声だ、絶対に間違いなく。


「すまない、オレも暇じゃない。それに……オマエも会いたかっただろう?」


そこは、所狭しと棚や机が置かれ、床にも本や書類が山積みになっていて足の踏み場もないような部屋だった。

白虎と朱雀には、かろうじてスペースのある入り口にとどまってもらって、単身、大芽の後ろを歩き奥へと進む。

ふと上を見上げると、よく見慣れた地図が壁にかけられているのだが、自分の住んでいた北の大地が丸々、不自然なまでに綺麗に消されている。本州や南の方はしっかりある。

何故…?

疑問に思っても聞き出せない。

聞いてもいいのか、わからない。

それよりも…


大芽の足が白いカーテンの前で止まる。

合わせて自分の足も止める。


「オレのモノ好きな、妻だ、そして……カミサマにとっても、大事な人だろう?」


「?」


意味もわからないまま、勢いよく開け放たれたカーテンの向こう側を覗くと、あの頃の面影があり、母にも姉にもよく似た明らかに自分より年上の若い女性がベッドの上でパソコンのモニターに向かっていた。


まさか……!?


「……お兄ちゃん、久しぶりだね!」


笑った顔はあの頃と変わらない。

まだ小学生だったはずなのに?

数ヶ月しか経っていないだろう?

どうして?

どうして、自分より時が流れた姿をしている??

頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。


「……ほ、本当にまななの?嘘でしょ!?嘘だよね!?」


腰を低くして目線を合わせる。

1つに束ね高く結んでいる髪につけているくすんだピンク色のシュシュにも見覚えがあった。


「嘘じゃないよ。あたしだよ、愛だよ。」


「でも……。」


ベッドの横にある鏡台に映した自分の姿は、やっぱりあの日から変わらず、子どものまま取り残されている。

何度も何度も見返しても、それは変わらない。変わりはしない。


大芽が大きな溜息を吐いて、ようやく口を開く。


「……10年だ。戦争が始まったあの日から……。」


大芽の言っているあの日は、まさに日常から転がり落ちたあの日なのか?


でも、アレは、ほんの少し前の事だろう?


「絶対嘘だ!嘘に決まってる!」


メラメラと段々と体の奥底が熱くなってくるのを感じた。

それが、爆発したらマズイのはしっかり理解しているのに、抑えられる自信がない。


大芽は1度振り返って、白虎と朱雀の様子を目視で確認してから、また此方を見下ろし、肩をポンポン叩く。


「……とりあえず落ち着け。まだ、力が全部戻らない状態で、心を乱すと大事な妹を殺しかねないぞ。それに、オレも今、殺されるとココにいる皆が路頭に迷う。」


その言葉のおかげで、熱が冷まったような気がする。

でも、完全に消えたわけではない。

どこかで燻っている。


「大芽、お兄ちゃんには、あたしから話しをしたい。いいだろう?」


「オレは構わんが、義理兄おにいさんのお仲間さんが、怖いからなぁあ。オマエを失うワケにはいかんのだ。」


「大丈夫、あたしは、1度死んだようなものだから、もう死なない。」


ベッドから這い出て来た愛の下半身には、両方の足が無かった。

目にしてほんの数秒、衝撃的だったが、心は揺れなかった。





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