第21話
大芽の案内で、昨日の夜ここへ入った時とは違う扉から外へ出た。
闇で見えなかった景色が、鮮やかに上に下に右に左に広がる。
こんな景色をずっと探していた。
すぐ目の前には一面の畑と田んぼ。
まだ若い作物がそよそよ風に揺れる。
側を流れている小川の音が心地良く、胸が騒ぐ。
生まれてからあの日までは、こんな景色に囲まれて過ごしていたのが、ごく普通で当たり前だった。
田舎っぽくて、嫌いになりかけたこともあったし、都会に憧れたりもしたけれど、やっぱり故郷の自然豊かで長閑な風景が大好きだったんだ。
ついつい、行く先もわからないくせに足が軽くなってしまうが、田畑を通り過ぎた先で足がピタリと止まる。
せっかくの美しい景観を、殺してしまうかのように数台の大きな戦車があって幻滅してしまった。
こんなモノ見たくもない、思い出したくない。さっさと目の前から消し去りたい。
全て奪われた。
自分も奪った。
簡単に命が消える。
込み上げ来る恐怖にカラダが小刻みに震えだす。
「要様、どうされました?」
白虎と朱雀が真っ先に異変に気が付いて、心配そうに声をかけてくれるが、鬱陶しく思うだけ。
わからないのか?
大芽が静かに肩を叩く。
「……大芽さん、これは、なんなんですか……。」
「ここを守る為の脅しのようなものだ。使えるかもわからない代物を、あっちこっちで、昔、親父が拾い集めてな。」
使えないという、たった一言で、こんなにも安堵するなんて。
「使えないんだ……。」
「正確にはわからない。使った事がないからな。そもそも、使える奴がいない。…そして、風呂に到着だぞ。」
「えっ!?」
戦車のすぐ側でホクホクと湯気の立ち上る、天然の温泉が湧き出ていた。
ゴツゴツとした岩で囲っていて、まるで学校の25メートルプールのような広さがある。
源泉掛け流しで、ちょっぴり硫黄の臭いが漂っている。
こんなに広いのに自分たちの他に誰の姿もない。その方が恥ずかしくないから気は楽だけど、こんなに広いと泳ぎたくなってしまう…
でも我慢、我慢。
熱めのトロトロしたお湯が気持ちいいのに、白虎と朱雀は烏の行水で出てしまった。
大芽の大き過ぎる背中には無数の大小様々な傷があって、色んな想像を勝手にしてしまう。
本を沢山読んでいたから、そういうのは次々湧くほど頭の中で浮かぶんだ。
色々と話しを聞けると思ったのに、結局ずっと無言のまま時だけが過ぎる。
話し掛けたら、有益な情報を1つでも聞けるのか、それとも誤魔化されてしまうのか?
黙り込んでいると、痺れを切らしたのか大芽の方から声をかけて来た。
「……あいつらに名前付けないのか?」
なんだ、そんなことか…。
自分にとって、どうでもいい事を言われてポカンとしてしまう。
「そんなことは絶対にないんだろうが、名前っていうモノは、魂を縛り付ける一種の呪文みたいなもんなんだぞ。どこかに行ってしまったらどうするんだ。」
「……白虎も朱雀もどこにも行かないよ。確かに呼びにくいとは思ってるけど…。」
「だったら早く呼びやすい名を与えてやれ。」
「……そうだね。」
会話はそこで途切れてしまう。
温泉を出て、中を歩く時に目立たないようにと大芽から与えてもらった服に袖を通す。
それは、白を基調とした地下のセカイの旧人類の軍が纏っていた軍服によく似た、だけどまた別のモノだった。
勿論、白虎と朱雀にも同じモノを渡されたが、着るのを何故かとても嫌がって、仕方ないから命令して無理矢理着てもらった。
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