第16話

 身体にふわっと風を感じて目を覚ます。

どんよりした灰色のベール越しに薄らと太陽の光が見えて、疑う様に瞬きを素早く何度もする。


………ここは地上だ!?

間違いなく。


起き上がると、また布団の代わりに枯葉がかけられているし、下には草が複雑に編まれてできた、厚みのある寝床がある。

花恋とあの場所で過ごした数日間は夢だったのか?

そんなはずはない。

だって、あそこで得た知識がしっかり頭の中にある。


「……いるんだろう?出て来てよ。」


影の中に呼び掛けると、ぐわんぐわんと影が揺れて白虎ではなく、長い赤い髪の今にも折れそうなほど、ほっそりとした長身の男が現れる。

白虎よりは歳上で成熟した青年という印象だ。きっと見た目だけ…なんだろうけれど。


それにしても、本当に慣れたんだな。

白虎以外が出て来ても全然ビックリなんてしなくて…それって、なんの面白味もないな。


目を開けると白虎と同じ血のような瞳…。


だけど、白虎よりも澄んでいて綺麗に見える。


すぐに膝をついてこちらに頭を下げる。


持っている知識を整理して、目の前の青年が誰なのかは、簡単に予想がついた。


「……朱雀、だね?」


「仰る通りです、我が主神君。しかし、なぜ、よその者のようにお呼びになりますか?」


そんな風に言われても、すぐに名前を付けてあげることなんてできるわけもなく…


「……ごめん。」


ひとまず謝る事しか考え付かない。

顔を上げて申し訳なさそうでなんだか逆に謝りたいというような顔をしてくれた。

あっちよりは、表情が豊かな気がして少しだけ気が楽だし嬉しい。


「白虎はどこに行ったの?」


「結界の外を見張っております。主神君の御身の為、此方に急いで入ったのですが、囲まれてしまい……」


「あれ?まだ俺になにも返してないのに、朱雀は戦えないの?」


ぴょんと立ち上がって朱雀との距離をかなり縮め、そこでしゃがむ。


決めた。今、決めたんだ。


「……力、すぐに返して。」


朱雀は思った通り驚いた顔になって、まじまじと顔を見上げて瞬きを忘れる。

別に変なことは言っていないつもりなんだけど。そもそも、朱雀の中にあるのは元々自分の力なんだし、そして計画を実行するには必要なはずだ。


「……駄目なの?」


「……いいえ主神君!大変、嬉しゅうございます。」


自分の腕を差し出すと、朱雀がそれを手に取って強く噛む。

流れた血を啜ると、自分の中のナニカ1つが無くなる。

そして、朱雀が差し出した手を、思いっきり噛んで、迷わずその赤を啜る。


また1つ戻ってくる。


身体があの時と同じようにメラメラと熱くなる。


これも本来、地球神に備わった力なんだ。


フラフラ、クラクラする。

なんで自分の力が返って来ただけなのに、こんな事になるんだ。

すぐ朱雀に助けられて身体を支えてもらうが立っていられそうにない。

ヒトである事を全部止めるまでの難易度はそれなりに高いようだ。

それでも、足を踏ん張って進めようと必死にもがく。


「…主神君、順応するまで時間が必要です。少しお休みになって下さい。」


「……いや、こんな所で隠れてるわけにはいかない!それに……」


逃げる事が叶わないなら…


偶然じゃなくて必然でも、それを受け入れて

自分自身に課せられたやるべき事があって

みんなが必要としてくれるなら

いるべき場所にいられるなら


決めた、決めた…決めたんだ


迷わないように何度も何度も言い聞かせる。

本当の心を押し込めて殺す。


このセカイの頂点に立とう。


求める居場所と

求められる居場所は決して同じモノじゃない。


もう、戻れない、帰れない。

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