第13話

 椅子にもたれかかって、手が届きそうなくらい低い天井を仰ぎ見る。


うとうと…する?

眠いんだ、とっても眠い。

眠気だけは、まだ、しっかり昔みたいに襲ってくるんだなぁ……。

抗えず重い瞼を閉じる。

すぐに白虎が支え包んでくれる、それに、とても安堵して身を預ける事ができる。


自分の為だけに存在している、なんて嘘みたいって思ったけれど、信じても良さそうと、強く思えた。信じてもいいんだ…信じても。


「……白帝はくてい!神君は大丈夫なのですか?」


慌てた様子で壇上へ登って、歩み寄ろうとする花恋を


「心配はいりません。」


たった一言で、白虎は拒み、それ以上近寄らせはしない。

仕方なく足を止めて白虎をじっと見上げる。


「確か……地上に降り立ちヒトになる為に、4つの力を、白帝、黒帝、赤帝、蒼帝にお預けになった…と、伝承でお聞きしています。…本当なんですか?既にあんなにすごいお力をお持ちなのに…本来の力がどんなものなのか、不躾ながら私は知りたくなりました。」


「………。」


白虎は何も応えずに、ただ冷たく花恋を鋭い目付きで見下ろす。


「……すみません。でも、あの力があれば…この世の人間を全部滅ぼすなんて、雑作もありませんね。あるべき姿の地球って、さぞ、お綺麗なのでしょうね。」


そのセカイには私はいない。

今、神としての記憶がないとしても、伝承では長い間、隣にいる方がいて……その方と永遠を…。

私は絶対に、そこにはいけない。

隣にいたいなんて少しでも思ってはいけない。


繋いでいた手が、こんなにも寂しいなんて。

残っているわけもない、柔らかかった要の手の感触を自分の手から探そうとする。

長い時間を一緒にいたわけでもなく、知り合ってから、まだまだ浅い。

沢山の話しをしたわけでもない。

もちろんお互いにお互いの事がほとんど無知である。

なのに知らなかった気持ちが溢れてそれに押しつぶされそう。

聖女がこんな感情を抱くなんて。

そもそも、聖女なんて、数年に1度の当たっているかもわからない占いで選ばれるだけで、そこら辺にいる一般的な女子となにも変わらない。

学校に行ってみたかった。

同じ年頃の子どもと、たわいもない話しをして笑いたかった。

そんな、ちっぽけな願いですら叶わないのに、この願はあまりにも大き過ぎる。

…馬鹿みたい。


「……もうすぐ、夜の時間です。ちょうどよかった。すぐにお布団をご用意してもらいますから、白帝もお休み下さい。ここの周囲には、軍の方々がいますので安心して下さいね。私は別室で休ませていただきますので、失礼します。」


花恋は深々と2人に向かって一礼をして壇上を駆け降り、そのまま部屋を急ぎ足で飛び出して行った。

入れ替わりに寝床を準備する為に、寝具を持って部屋に入ろうとした女性たちが「聖女様?」と、次々に呼んで引き止めるが、花恋の耳には届いていないようだった。


必死だった。

隠さないと…


目から溢れる涙が何故か止まらなかった。

こんな顔、絶対に誰にも見せられない。

目を覚ました時、平静を保っていられるだろうか……。何事もなかったように接する事ができるだろうか。


この想いを知られずに、過ごせるだろうか?


いや…


絶対に知られずに

過ごさなければならない。

知られてはいけない。


花恋は、両目の涙を人差し指で、サッと擦って前を向く。


朝の時間が来たら、また、声を聞こう。

優しい声で、名前を呼んでもらおう。


今だけ、かもしれないけれど、隣に居よう。


今の立場でよかったなんて、嬉しいなんて、初めて思えた。

聖女に選ばれていなければ、きっと会う事もなかったんだ。

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