第12話
花恋は一言「すみません。」と、言って、それ以上は、何も教えてはくれなかった。
眠りに落ちていく前に、老婆と白虎が何か会話をしていたような気がするが、夢現で曖昧だった。
「花恋、下に行ってもいい?」
「聖域を出て居住区に下りるには、かなり遠回りをしなければいけませんし、それに私は……。」
自分の両手の掌をしっかり見つめて、握ったり開いたりして、信じることに決める。
「花恋も一緒に来るよね?」
差し伸べた左手を、迷いながらも花恋はしっかり握る。
心の何処かに潜んでいた、狭いセカイから羽ばたきたい気持ちに素直になったんだ!
右手の掌から下に向かって蔦を伸ばす事をイメージをすると、斜面に一気に緑が芽吹く。
そうじゃない…
思うがままに…力を…
身体中の神経を研ぎ澄ませて集中する。
不思議な事に、全く苦しくはないし、掌も炎のように熱くならない。
思い描くのは、何でも思い通りにできる最強の自分!
「…要様!?」
影の中で、ずっと黙っていた白虎が、慌てた様子で影から飛び出すが、既に蔦は斜面の下へとシュッと長く長く伸びて、花恋の手を引いた主はずっと下の居住区へと、スタッと降り立っていた。
大きなざわめきはない。
思い通りに出来た事が誇らしかった。
みんなにも見てもらいたかった。
なのに、誰も顔をあげてはくれない。
平伏したまま、震えている?
そして、繋いでいた手も、同じように震えているではないか。
「花恋、大丈夫?怖かった?」
慌てて尋ねると花恋は緑でいっぱいになった斜面を見上げて驚愕している。
「大丈夫です。…それにしても、ホンモノの光もないのに…。」
やっとこちらを向いたかと思えば、すぐに皆と同じように地面に額をつける。
「花恋、やめてよ!?」
影を通じてすぐ隣にやって来た白虎が、膝をついて愛おしそうに右手に触れる。
なんだか、頬を擦り寄せる猫みたいだ。
褒めてくれるのは、オマエだけか…。
まだ、名前すら付けてあげていないのに、決して噛み付いたりしない。
こんなの普通じゃない。
普通じゃない事を
みんなと違う事を
ヒトは恐れる。
昔から痛いほどわかっていたじゃないか。
「……ごめん、勝手な事をして。」
「謝る事ではありません、要様…。」
常に仮面を被って、みんなと同じように
違ってはいけないと、必死だった
1つでもおかしな事があれば、見えないところで何を言われるか
友情なんて簡単に壊れるモノ
だけどその輪の中にいることに安心していた
壊さないように必死だった
だけど、みんなは、もういない
輪の中にいる必要も無くなったのに
どうして
この怯えたような空気が苦手なんだろう?
居住区には、番号の振られた家のような区画が数千あって、ほとんど全て同じ部屋数で中の家具も割り当てられ同じモノがあるそうだ。
そのまま来た時のように蔦を使って、すぐに登って帰ってもよかったのに、危ないからと、白虎に止められて、祈りを捧げていた人たちに、とても丁寧に集会所のような所を案内された。
花恋はそのまま、真っ白な軍服を着た女の人たちに囲まれて、直ぐに聖域に連れ帰られる所だったが、一緒に居たいと言って、つい我儘で引き止めてしまった。
ここでもひとつ高い所に大きな椅子を用意され、そこに座るように促され、黙って、そうすることにした。
だだっ広い広間には、沢山の同じ椅子が、等間隔で綺麗に並べられていて、学校での式典を思い出す。
校長先生が、登壇して見ていた景色はこんな感じだったのかな?
何故か、いつもなら直ぐに影に消えてしまう白虎がずっと隣に居てくれる。
なんだか、とても疲れた。
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