第5話

 深呼吸しながら両手をぐいっと伸ばして空へ上げてみると、あんなに苦しかったカラダの痛みは、どこにいったのか、そもそも、あったのか、わからない。

今向いている方向に真っ直ぐに、足を数歩進めてみる。ゴツゴツした石畳の感覚が、ずいぶん気持ち良かった。

そのまま何メートルか進んだ所で、傾いて至る所に傷はあるが鮮やかな朱色は、なくなっていない鳥居が見え、ここはきっと、ちょっと前までは神社だった場所なんだとわかった。

そこを潜ろうとした瞬間に、背後から静かについて来ていた青年に腕を強く掴まれ、体を止められる。それでも尚、足はまだその先に行こうとしている。


「要様、人為的で簡易な結界とはいえ、ここを抜けると危険です。どうか、心許ないかもしれませんが、わたしの背に御身をお預け下さい。」


また、訳のわからない事を言っている。

何故青年は肝心な事を説明をしてくれないんだろうか?

事によっては納得して「はい、そうですか。」と、なるかもしれないのに。

そうした方が思いのままに、操る事だって、できるかもしれないのに。

それにしても「様」と呼ばれるのは、悪い感じがしない。そう呼ばれるたびに、なんだか自分が偉くなったみたいだ。


「この歳になっておんぶなんて、絶対にイヤだよ!誰かに見られたら恥ずかしいだろ!?閉じ込められてても、この通りちゃんと、歩けるんだし、確かに靴は欲しいけど、さっ!」


腕を振り解いてパタパタと、逃げるように鳥居を潜ると、寒いくらいの風がビューっと音を立てて肌を刺す。

石畳の先は、穴だらけでボコボコな手入れされていないアスファルトの道路が続いていて、そこには薄くなった白線が薄らと残っているし、少し上を見れば、折れたり、曲がったりした道路標識だってある。

…どこかに他に人はいないだろうか?


「要様、お待ち下さい!」


青年を無視して、力強く咲く草花を蹴り上げて走り出す。

しばらく走っていなかった割に、足がもつれたりせずに、ちゃんと走れている。

その上、身体が軽く、何処までも行けそうだ。

なにかおかしいと感じたのは、かなりの距離を走ってからだ。

息が全く上がらない?


足を止めて、恐る恐る胸に手を当てる。


間違いだろう?嘘だろう?

そうだ、あの時から、今だって、きっと、長い長い夢を見ているんだ。


目を泳がせると、視界には緑と青と、そして地面はひび割れたアスファルト、景色は決して変わらない。

背後に気配を感じて、振り返ると、風で乱れた髪を鬱陶しそうにしながら歩み寄って来る、あの青年がいる。


「要様、勝手に行かれては…困ります。もう、2度と主神君を失うわけにはいかないのです。一刻も早く……」


もごもごと、長い話しをしているが気になるのは、ただひとつだけ。

やっぱり息を切らしていない。

もしかして、コイツが死神なのか?


だったら…


「要様!」


再び走り出す。

捕まったら、きっと、もう息を吸う事は無くなるんだ。

みんなには会いたい!会いたいけれど……


できるのであれば、例えひとりぼっちになったとしてもドクドクと鼓動を刻み続けたかった。


なんでか、わからないけれど


生きていたい?


「あっ……!?」


なにか黒い塊が頭の上に飛んで来て、その瞬間に、ピカリと強い閃光を放ち、大きな落雷のような音が鳴ると、たちまち熱い熱い赤いカケラが弾け飛ぶ。


全く痛くは無かった。


「要様!!!」


青年が自分の名前を叫ぶ声が耳に入った。


夢からついに覚める時が来たのだろうか?


ふわりと何かに包まれる感触がした。

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