第4話


「はぁ…はぁ…」


一体なにがあった……?


なにが…なにが、あったんだ?


あの青年が背中を摩ってくれているのはわかる。

周囲を囲んでいたはずの防護服の人々の姿が急に1つも見えなくなった。

目の前にあるのは、無数の蔦と枯れた植物たちの残骸だけだ。


あの時とは違う、別の痛み…

嘔吐してしまいそうなほど、苦しくて気持ち悪い。


朦朧としていく意識…



現実はどれが正解なんだろうか?


目を背けたりしないから

誰かちゃんとわかるように教えてほしい…


今度こそ、全ての悪夢から目を覚ましたかった。

自宅のベッドで、目覚まし時計と母親の声に渋々と起こされて、怠い目覚めをむかえる。

そんな朝に戻りたかったのに…


ーーー


「……目が覚めましたか?」


目を見開くと顔を覗き込んで来たのは、非情に残念な事に、あの青年だった。

体を勢いよく、ばっと起こすと、まとわり付いていた枯葉がガサガサと音を立てて落ちていく。


「……あっ…」


泣きたくなるほど綺麗な目の前の青と緑に、声を呑み込んでしまう。


この空は嘘ではない。

この空気も…生い茂る青の葉も…

嘘ではなかったんだ。


だったら…


全部聞かないと…

知らないままでいたくはない。


だけど、なにを、どう聞いたらいい?


頭の中で思考がぐちゃぐちゃになって、どんどん、わからなくなってしまう。


「……あっ、そうだ!追いかけて来た人達は…?」


主神君しゅしんくんが、摘みましたでしょう?……まだ、おひとつしか、お返ししていないのに無理をなさって…。ごう様に怒られてしまいます。」


膝をついて至近距離で顔を覗かれ、ついつい目を逸らしてしまう。

あの時の感触を思い出して、とても嫌な気持ちになる。

好きな子ともキスしたことなかったのに。

…そもそも好きな子なんていなかったけど。


自分はどんな顔をしているんだろう。

青年の表情が少しも変わらず、なんだかモヤモヤする。


「……ねぇ、色々聞きたいんだけど。とにかく、ちゃんと、全部、全部を隠したりせずに説明してほしい。」


「ええ、なんなりと。」


それって、本当に、ちゃんと応える気がある返事なのか?

疑った所で、残念ながら他に頼れるヒトがいるわけでもない。


背後の石壁に背をもたれ、息を吐く。

どうやら崩壊した石造の建物の敷地内に今はいるようだ。

腰を降ろしている地面も人口的に並べられた石で出来ている。

だけど、眼前には、普段目にするような建物は一切ない。


ここも知らない場所だ。

そもそも知っているセカイが小さくて、とても狭かったんだ。

失うまで気が付かなかった。


「……帰りたいなぁ…。」


ポツっと小さく呟いた本音を、青年が尖った大きな耳で拾ってしまったようで、こちらを真っ直ぐに見つめて真剣な顔で見つめて来た。

ああ、やっぱり目を逸らしたい…。


「……主神君は、お戻りになりたいのですね…。」


「……主神君って、俺のことなの?」


「ええ…?それは、ずっと変わらない事ではありませんか?」


青年とこのまま話しを続けても、セカイの実情や自分自身の事を、到底理解出来そうもない。だって、そもそも話しが噛み合わない。

教えてもらえない真実を、全部をどうやって知ればいい?


「なんか、そう呼ばれてもピンと来ないからやめてくれない?俺には、要っていう名前があるんだ。えっと……そういえば、あんたの名前聞いてなかった。」


「わたしの名前は主神君が、如何なる時も、お好きに呼んでくださっていたでしょう?どうか、いつものようになさって下さい。」


「……はぁ…」


もはや溜息しか出てこない。

そもそも、その大事な記憶がないんだって言ってるんだし、こっちの話しも聞いてほしい。

名付けなんてペットのハムスターに名前を付けようとして妹に、ダサいと怒られた苦い経験しかないのに…

だからといって、このままだと呼べないし、困る事しかない。

悩んで下を向いて無言になっていると青年はヒンヤリとした、細くて白い長い指のツルツルの手をふんわり重ねて、また、見つめてくる。


「要様、では、いずれ、お戻りになる為に、まずは、皆に会って、全て取り戻しましょう?そう、されましたら……」


「そうしたら、元通りの家に帰れるの!?みんなに会えるの?」


勝手な思い込みだけかもしれないのに、なんでこんなに嬉しいんだろう、馬鹿みたいだ。

望みなんて、簡単に絶望に変わる。

立ち上がって改めて周りを見回すが、歩き出す方向すら検討が付かなかった。




















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