第3話

 目を開けたら、青年の腕の中で、知らない場所を進んでいた。


あの部屋と同じ天井と壁がひたすら続いている。


あちらこちらから、色んな色の声がする。


追われてるのか…?


あの光景に戻るのは嫌だ…

見たくないものがたくさんある。

それに、ここにいた方が自分は……


本当に汚染されているなら、外に出る事で沢山の人に迷惑をかけてしまうのかもしれない。


抵抗しようと力いっぱい身体を揺するが、青年は全く動じる事なく走るのを止めてはくれない。


自分の状況がここでもわからない。


なにも知らない…


自分の事なのに……


悔しいくらい、


だけど、どうしてか、今、起きている事も、過去の事だって真実を知りたく無いという気持ちも決して消えない。


青年の走る速度はずっと一定で変わらない。ずっと全力で走っている感じなのに、息をひとつも切らしていないし、疲れていく様子も全然ない。

階段を駆け上がり、パッと、少し見たくらいでもわかる重厚な鉄の扉が見える。

絶対開けるのに苦労するだろう。

そうしたら流石に、青年も止まってくれると思ったのに、扉がすぐ目の前に近付いても止まる気配はなく、ぶつかる!と思って、咄嗟に目を閉じた瞬間、するりと扉をすり抜けて……


また風を感じる。

今度は少し肌寒いくらいの冷たい風が、ずっと身体に当たり続ける。


しばらくして恐る恐る目を開けると…


「………えっ……!?」


一面の緑が溢れんばかりに目に刺さる。

忘れかけていた本物の鮮やかな色彩が、すぐそこにある。

木々が無数に生い茂り、鳥の声もする。

空にはよく知っている日常だった頃の陽の光と雲がある。


なんだ、あれは……


長い悪夢から覚めたように、一瞬とてもホッとした。

  

青年の腕の中から、やっと解放されて、地面に足をつける。

そういえば裸足だった。

若草が微笑ましいくらいくすぐったい。

嬉しくなって、ついつい思うままにパタパタ走ってしまった。

澄んだ空気が汚れた肺を満たしてくれるようで、とても気持ちが良かった。


「…すぐに追い付かれます……摘んでしまいましょう。」


「……つむ?」


何を言いたいのかわからない。

青年は自らの手首を、さっき自分にしたのと同じように強く強く長い八重歯で噛んで、血が流れた腕をこちらに差し出す。


同じ赤…だけど…それは違う風に見えた。


「……まずは、おひとつを取り戻して下さい。」


どんどん沢山の声が、こちらに近付いてくるということは、そんなに、遠くへは来ていない。


それなのに、この景色…?


なんで戸惑ってばかりなんだ?


取り戻すと言われても、何のことだか、微塵もわかりもしない。


わかるなら、これは、迷わずに済むことなのだろうか?


痺れを切らした青年が、ぺろぺろと腕の血を舐めながら真っ直ぐ歩み寄って、力任せに抱き寄せられ、そのまま唇を奪われた。


反射的に青年を突き飛ばす。


熱い……火を飲み込んだみたいだ。

カラダの中が痛いくらいにメラメラと熱い……

クラクラして、目がチカチカする。


…死ぬ…?


「……わたしで試さないで下さいよ。」


「……なにが……」


目を擦って見開くと、突き飛ばした青年がすくっと立ち上がって地面に落ちた自らの腕を拾い上げ、千切れた箇所に押し付けている。

何事もなかったかのように、そんなことで元に戻る腕。


そんなの現実なはずがない。


まさか、コレが夢…?


驚く暇もなく、追いかけて来た数十人の防護服の人間たちに四方を囲まれてしまった。


現実を知りたい…


あれは夢だったのか…


それとも、今、夢を見ているのか?


自分は…自分の今の状況は…


もしかしたら頼れそうなのは……


全ての真実を、知っているのか?


でも……


今度はこの青年に、利用?されるのかもしれない。


本の読み過ぎで深く考え過ぎなのか?


でも、だ!


そうだ…

全部が全部夢だったら…


1番いいのにな…


目が覚めたら、授業中で…

隣で友達が笑ってて…先生に怒られて

授業が終わったら、あたたかい家に帰って

宿題をサボってゲームをして、母親の作った、いつものなんの特別感もないご飯を食べて、妹の好きないい匂いの入浴剤を入れたお風呂に入って……


当たり前の幸せの中で、生きていた日々に戻れたら…


そんな事を、思っていたらカラダの中の熱い炎みたいなナニカが、どんどん増えて、自分の中から勝手に溢れて爆発したみたいな…


そんな感じだった。















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