第2話
一方的に与えられた最低限の栄養を摂るだけの質素な食事をさっさと終えて、使い捨ての食器を蓋の付いたゴミ箱へ捨てる。
それからベッドの横にある小さな机で本の世界に浸る。
本を読んでいる間は余計な事を考えなくていいから、気分が良い。
空調の周る音だけが、ほんの僅か耳に入るくらいで邪魔もない。
昔から本は好きだったから、他にやる事がなくても、特に苦ではなかった。
本当は受験勉強をしている時期なのに、ここに来てからは勉強を全くしていない。
受験生である事を白瀬だけには伝えたが「もう、そんなこと…」とだけ呟いて、その先は聞くことが出来なかった。
街が本当にあんな風になっているなら…
実際にあの場にいて、鮮明に光景を覚えているはずなのに、未だに半信半疑な自分がどこかにいる。
信じたくないというのが本心だろうか……。
本の世界に入って数時間。
ふと、たった1つだけ外界に通じる小さな扉も開いていないのに誰かの気配を感じた。
しかし、辺りを見回しても誰かがいるはずもなく、勘違いだったのかと、また本に目線を戻そうとした。
その時だった…
久しぶりに風を身体に感じた。
それはとても優しい風だった。
「まったく、こんなところに閉じこもっていらっしゃるから…探すのがとてもとても大変だったじゃないですか!?子供なら子供らしく、楽しくお外で走ったり、はしゃいでいて下さいよ!」
机の下から声が聞こえ、ぬるぬると影の中から長い銀の髪をもつ、想像だけで描く絵のような整った綺麗な顔の青年が顔を出す。
怖くなり慌てて立ち上がって机から咄嗟に離れ、尻餅をつく。
「な、なに…!?だ、だれ!?」
青年は完全に影の中から出て大きな身体を、ゆっくり動かして、目の前まで来た所で、すっと膝をついて目線を同じ高さに合わせ顔を覗き込む。
赤い瞳があの時見た空の色に似ている。
「おや?…わたしの事をお忘れですか?」
とても悲しそうな表情をするけれど、頭から足の先までじっくり見たところで、やっぱりこんな青年、知らない、全くの初対面だ。
それにしても、この部屋は24時間ひとときも休む事なく監視されているのに、侵入者がいても、すぐに誰か来ないなんておかしい。
どうなっている?
それに、この青年、防護服を着ていない…。
防護服どころか、見たことのない、ただ布を巻いたような服装をしていて、足は素足だ。
自分は汚染されているって、白瀬が言っていたから…
だから、こんな所に隔離されて…
「俺にあまり近付いたら…ダメですよ。誰か知りませんが、早く出て行った方がいいですよ…。」
もしも、自分のせいで誰かになにか害があるなら、それはやっぱり嫌だった。
「……もしや…記憶を以前の身体から引き継いでいないのですね。…存じておりませんでした、大変申し訳ありません……我が主神。」
青年はそう言って深く深く床に額をつけるほどに頭を下げる。
意味がわからない。
どうしていいのか戸惑っていると、今度はその姿勢から素早く立ち上がって左手を掴まれ立たされた。
「多少、強引になる事を、どうかお許し下さい。」
「………!?」
何故か痛みは全く無かったが、噛みちぎられるような勢いで手首を噛まれ当たり前のように血が溢れる。
その血を青年は迷いなく自らの口を付けて、一滴も無駄にしないように大切に大切に啜っている。
気味が悪い?
いいや……なぜだか少しもそんな風には思わなかった。
その直後に、今までぴくりとも作動しなかった監視装置が、けたたましいサイレンを鳴らす。
ただ、放心状態で、声も出せず、抵抗すら、できずにいた。
「……一先ず外へ出ます。よろしいですね?」
ようやく自由になった左腕には、あんなに血が出ていたはずなのに不思議なことに擦り傷すらなかった。
「……外は……」
目を閉じなくても鮮明に思い出すあの光景が怖かった。
「…出たくない…」
心の奥底に眠る不安か…
ようやくこんな所から出られるチャンスだというのに、何を言っているのか自分自身でも理解できなかった。
バタバタと防護服を来た人々が、次々と部屋へ傾れ込む。
思わず青年の顔を見上げた。
特に焦っている風ではない。
怒号のような声がするー。
青年が、怒られているのだろうか?
それが、どんどん遠くなっていく…
急にふわっと意識がどこかへ飛んでいく。
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