第1話
暗闇から光りへと、一瞬で飛ぶ。
重たい瞼をパッと開ける。
今、まさにソレを体験したようなスッキリしない目覚めだった。
もう、何回目だろうか?
あれから…
ずいぶん過ぎているはずなのに消えない。
すぐに瞳は、いつもの無機質な灰色の天井を見つける。
何度も何度も、悪夢になって現れる。
目線を左右にずらして、いつもは、大嫌いなはずの、ひとつの窓もないただ天井と同じ灰色ばかりの冷たい壁に何故か安心を覚える。
忘れたいくらいなのに。
今日の空はどんな色をしている?
もしかしたら…
…いいや。
世界の状況もだが、家族の居場所、生存、ごく身近な自分の置かれた状況ですら十分に理解しないまま、たぶん何ヶ月か過ぎた。
身体をゆっくり起こして深く息を吸う。
こちらが起きた事をまるで見ていたかのような絶妙なタイミングで、奥の重厚な扉から厳重に防護服を纏った人物が中へと足を踏み入れ、真っ直ぐに歩み寄って来る。
「ずいぶんうなされていたけれど、大丈夫?」
ここへ入って来る人物の中で、唯一話しが、まともにできる「
白瀬は40代半ばの自分の母親と同じくらいの年齢の人だろうと勝手に思っていた。
防護服が邪魔をして、顔すらしっかり見た事はないのだけど、どこか優しそうな柔らかい声色だけでそう勝手にそう判断している。
「あ、はい…。」
あんな夢を見た後だ。
ココには味方なんていないのに…
それを知っていても誰かに縋りたくもなる。
いつものように、彼女に身を任せ、診察を受ける。
あの日、生まれ育った街に核爆弾が落ちたそうだ。
落とした国は、実験中の誤爆だと何度も主張したが、そんな幼児のような言い訳が世間に認められる事は絶対になく、世界は混沌のまま、大戦争に突入した。
もっとも、これは白瀬から聞いただけの話しであって、本当に?と言われると疑いたくもなる。
だって、あの日も、ごく普通に学校で6時間目の授業を、いつものように眠気と闘いながらボーっと受けていた。
だけど、眠気が吹き飛んだのは
崩壊した校舎の下から這い上がって自分以外、動いていない現実をこの目にうつしたから……
現実……だったのか?
真っ赤で真っ黒で、ただ焦げ臭くて…
「いたっ…」
採血の針が鋭く痛覚を刺激する。
「あ、ごめん。」
まったく、採血は白瀬じゃなくて、腰の少し曲がった名前も知らないおばあさんの方が上手いんだって。
「いつも下手過ぎですよ…。」
朝、目が覚める度に、この診察と称した体温や血圧なんかを自分の意思には関係なく計測、記録されて、一定量の血を抜かれるのが、もはや日課だ。
それが、今が朝だとわかる唯一の手段でもある。
「でも、
「まぁ…でも、それ、全然解決になってませんよ。」
くすくすと笑う白瀬に苦笑いを返す。
人と接する貴重な時間。
この時間がなければ、感情すら忘れてしまうかもしれない。
嬉しい事も悲しい事もココにはない。
腕に貼られた絆創膏をさする。
痛みがジリジリといつまでも残っている。
「今日は、これ持って来たからどうぞ。」
白瀬はそう言って何重にもビニール袋に包まれた本を差し出した。
白瀬が持って来てくれる本を読むことくらいしか楽しみがないから
「ありがとうございます…。今日は晴れてますか?」
これだけは、素直にとても感謝している。
「うーん、どっちかっていうと曇りかな?」
「……そうですか…」
ここに来たばかりの頃は、もっと沢山の事を頭の中で考える前に、言葉が口から出るがままに問い掛けていたのに、それも無駄でしかないとわかって、すっかりやめてしまった。
あの日、あの時間、街の人間は8割以上が死んだって。
生き残った者も汚染された雨にやられ病に倒れたそうだ。
それなのに
自分はなんの異常もなかった。
擦り傷すらなかったんだ。
だから、こんな所に閉じ込められて…
昨日まで読んでいた本が、ここに来る前はテレビでしか見た事なかった核のマークのついた分厚いケースに入れられるのが目に入る。
そんなの、もう慣れろ、って感じなのに
どうしても、なぜか、心が痛い気がする。
「じゃあ、ご飯持って来るね。」と、告げて白瀬が部屋を出て行く。
後ろを追いかけようとした事も何度かあったけれど、やめてしまったな…。
外に出たって、悲しいだけかもしれない。
行く当てだって、きっとない。
だったら
ココにいるのがいいに決まっている。
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