第16話 対決
教授の新しい事務所は都内のマンションの1室だった。中に入ると玄関に眼だけがギラギラしたチンピラ風の若い男がいて「そいつは誰だ」と言う。
「僕の出資者だ」と僕はイルマを紹介した。
「サツじゃねえのか」
「違うよ、2人で来ることは伝えてある」
「知らねえよ、お前だけ入れ」
「いやだ、それなら僕は帰るよ」
「ふざけんな、ナメてんのか」
「ナメてんのはそっちだろ、ここでモメる意味あるのか?ヤクザの事務所ってちゃんとマンションに許可とってるのか?」イルマがあおる。
「ああ?」
と若い男が小声でキレた。その小声がイルマの正しさを物語っている。
「ここ、いいマンションだな、駅からも近いし、お前のものじゃないだろ、女、お前ら風に言うならバシタっていうのかな?最低な呼び方だな、そのバシタの家に転がり込んで、ここで騒ぎでも起こすか?『殺人を犯したやくざがいまーす!』って」
「おい!」
と奥からドスのきいた教授の声が聞こえた。
ちっ、とチンピラが引き下がった。
中はそんなに広くない。1~2人で生活するのにちょうどいいぐらいの大きさだ。男4人でいると息苦しさを感じた。麻雀もできないぐらいのダイニングテーブルに座る。
教授はぴしっとしたポロシャツにスラックス、眼光だけはとにかく鋭いのは相変わらずだ。「おひさしぶりです」と僕はあいさつした。
「おう」
と言葉少なく返事してだまった。
イルマは黙っている。
入り口に直立不動で立っているチンピラも黙っている。
会話が進まない。外からは子供たちがはしゃぐ声が聞こえる。それを見て「ほんといいところですね」と僕はいった。沈黙に耐えられなかったからだ。
さらに長い沈黙の後、教授はゆっくりと話し始めた。
「おまえさあ、やってくれたよなあ」
今度は僕が黙る。
「俺が教えてやった商売をパクってよお、警察にも出頭して俺のメンツとしのぎめちゃくちゃにしてくれたよなあ」
声は小さいが、その言葉には抗えない迫力があった。
「あの段ボールの家、気に入ってたのに出なくちゃいけなくなってよお、どおしてくれんだよ」
「あそこなら家賃もかからないですしね」
とイルマが突然話し始めた。
「なんだお前は?部外者はだまってろよ」
「僕が金だしてるんですよ、あの段ボールの家なら立地も最高ですもんね」
ペラペラと教授のプライドを傷つけている。
「やっぱりコロシですか?経済やくざをやっていても暴力からは縁を切れないですもんね」
ハハ・・と教授は笑ってから
「そうだよ、よくわかってるじゃないか」
とすごいことを言う。
「俺はお前たちみたいにツルむやつは嫌いでよ、コイツみたいに俺のシノギを群れで邪魔するやつを殺しちゃったよ、だってそれがスジってもんだったからよお」
僕は冷たい汗が流れるのを感じた。
「俺は手下に出頭させてってのは嫌いでよお、組を解散して事務所も引き払ったのよ、だってそれが当然だろ、極道であるまえに人間だからよ、自分がやったことの責任は自分でとらなかったら、なあ!?」
と僕に話を振る。
「どうオトシマエつけてくれるんだよ?俺の損害は億じゃ済まないぜ?極道だったら指じゃすまないぜ?生首差し出して、女はフロに沈められるぐらいのことをお前はやっちゃったんだぜ?わかってるか?わかってるよなあ?」
教授の言葉は、僕の中心に響く。心がぎゅっと小さくなり、硬くなっているのを感じる。この人の言葉はすべて聞かなければいけないという気持ちになる。
だからイルマがペラペラとしゃべることに救われる。
「すごいなあ!極道の世界には競争がないんですかあ?」
「ばかいっちゃいけねえよ、競争しかねえのが極道だよ」
「でも、僕たちがやっているのは正しくナマコを採って売りましょうって話ですよ?」
「そっちの正しさとは違う正しさがあるんだよ、子供にはわからないかなあ」
「わかってますよ、子供じゃないですもん」
「わかってないよ、こっちの世界は複雑なんだよ」
「わかってますって」
「ああ?」
と教授がにらみを利かせると、入り口に立っていたチンピラがこちらにやってくる。イルマの髪をつかみ、でかい眼でキスする5㎝手前ぐらいでにらむ。フーッツ、フーッツと興奮している。
「なんだよ、キスしたいのか?ホモ野郎」
とイルマが言うと、そのまま後ろに椅子ごと倒す。
ガダン!!と大きな音がして「いてぇ!」とイルマが叫ぶ。
「やめろ!」
と教授が収めた。
気のせいか、外から聞こえてくる子供の声や主婦の話声が聞こえなくなった。
張り詰めた静寂の中、教授が話し始めた。
「競争だらけなんだよ、この世界、だから情報と金がすべてだ、ナマコを売りたいなら、利益の半分をよこしな、それが参加料だよ」
「それは払えません」
と僕が言う
「じゃあ、しかたないな、坊ちゃんは大人のおじさんたちの暴力をまだ知らないから、知ってもらうことになるかもな、俺がなんで逮捕されていないか知ってるか?ホームレスだから場所が割れてないってわけじゃあなかったんだよ、証拠がないんだ、証拠がない殺し方なんていくらでもあるんだよ」
「じゃあ、なんであそこにいたんですか?」
「言ったろ?あそこが好きだったんだよ、この兄ちゃんの言う通り、家賃はかからないし、立地も最高だ、なにより落ち目の極道の住み家としちゃあ最高よ、自分がどの状況にいるかわからないで、代紋や看板出してビルに事務所構えるバカもいるけよど、そんな見栄に金を使ってもなんにもならねえのにな」
「じゃあ、僕の自首は本当にご迷惑だったんですね」
「おう、坊ちゃんの証言があれば俺はぶち込まれるし、引き払うしかなかったのよ、本当に迷惑な話でよ、こんなバシタの家に転がり込むことになっちまったよ、男の、極道の家じゃねえよな・・」とぼそりと教授はつぶやく。
「もしかして、僕って殺されるんですか?」
「それも考えてるよ、あたりまえだろ?俺がでかい組しょってたらやってたね」
「これを使って?」
僕は懐にある拳銃を取り出し、テーブルに置いた。ゴトリと冷たい音がした。
「ほぅ・・どっから手に入れた、こんなもん」
「海賊船で」
これには教授も少し驚いたようだ。
「そうか、じゃあ、ホンモノかもな、撃ち方しってるか?玉もあるのか?ヘタなニセモノだったら手元で爆発して指がなくなっちゃうよ」
「大丈夫です、友達の韓国人に整備と試射をお願いしましたから」
「いい友達だねえ、で?これで俺を脅そうってか?それとも殺すか?」
教授の圧がさらに高まった。呼吸ができなくなる。
電線にとまっていた鳥が逃げ出す。
場は、完璧な膠着状態になった。
チンピラはいつでもこちらにとびかかれる準備をしている。
僕は「どうぞ」と教授に拳銃を滑らせた。
教授はそれを受け取り、手に取る。
「ちょっと古いコルトだけど、ちゃんと油もさしてあるし、まっすぐ飛びそうだな」
とこちらに拳銃を向けた。
「いま、殺しちゃおうかな」
教授の持つ拳銃の、黒い銃口が見える。
それが地獄への門に見えてきた。
でも頭ではわかっている。
「撃てないでしょ、撃ったらここからも逃げなければいけないし、銃刀法もついてくる」
「それを撃つのが極道だし、暴力なんだよ」
お腹が冷たくなる、口が渇いている、出てこないつばを僕は呑み込む。
死の予感がした。
ここだろ。
そろそろ分水嶺だろ。
イルマ・・・
「あーちょっといいですか?」
と床に寝転がったままイルマが言う。
教授が銃を構えたまま「なんだ?」と言う。
「ちょっと電話いいっすか?」
「後にしろ」
「それが時間にうるさい人なんで」
「何の話だ」
「六代目花島組系旭龍会幹部梶浦組組長梶浦仁徳さんです」
通話をタップし、スピーカーにしてスマホをテーブルに置いた。
「よう」
と六代目花島組系旭龍会幹部梶浦組組長梶浦仁徳さんは言った。
「兄貴・・・」と教授は言った。
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