第15話 条件

「結局、教授って何者なんだろうな?」とイルマは言った。僕たちの間にはいくつかの投資家、会社が書かれた書類が置かれ、それぞれのリスクとリターンについて僕たちは話し合っていた。「重慶のひろぽんの話は信用していいと思う」と僕は答えた。投資を受ける側として、僕はとても神経をつかっていた。密輸グループと敵対することになる僕の会社、応援してくれる味方にヤクザがいてはお話にならないからだ。


「一人組長、という言い方が一番しっくりくると思う」

「でも、一人で暴力団はできない」

「そこで関東でそこそこのメジャーな組織に上納金を納めている」

「シャブや密輸で金を稼いで、その何割かを税金のように払っているということか、ヤクザも楽じゃないね」

「警察に捕まれば懲役を食らうだろうし、上部組織にとって一人組長なんてトカゲのしっぽ切り要員に過ぎないな」

「そんな条件下で、ヤクザであり続けるのはなぜだ?」

「シャブの販売ルートとか、ほかの暴力団から身を守るためとか?」


フー、とイルマは煙草の煙を吐き出した。


「なんでそんな仕事やってんだろな」


と向かいに座る僕ではなく、空中にむかってつぶやく。


「楽して儲かるから・・ってわけではないよな」


僕も空中に向かって答えた。


「逮捕されるリスクを犯し、上部組織に上納金を納め、ホームレスになってまで続ける意味があったのか」

「普通の仕事ができない、不器用な人なのかもしれないな」

「勉強しかできないお前が言うと説得力がある」

「教授が、極道以外の生き方ができると思えない」

「なぜそう思う」


向かい合った時の圧迫感、他人をコントロールする人間力、段ボールハウスに住みながら負けや屈辱を受け付けない矜持、あの眼光。

「なにより、ヤクザやホームレスのような、社会の裏側にしか存在できないタイプに見える」


僕の分析を聞いて、イルマは驚いた表情をしている。

「・・・お前、変わったな」

「・・・そうか?」

「勉強しかできないなんてもう言えないな」

「そうでもない、僕は勉強しかできない人間だ」

「勉強しかできない人間ってのは、ヤクザと喧嘩したり会社を興したりしない」

「それは必要だからへたくそでもやっているだけだ」

「ナマコの営業や仕入れをしない、外国語を覚えてもそれを使って人に会いに行ったりしないもんだ」

「だから下手なりに頑張ってるだけだよ、イルマ、君だったらもっとうまくやっているだろ」

「俺は革命的なユニークなアイデアを求めていた、でも自分では思いつかなかった、俺は創業者にななれない、参謀タイプなんだよ」

「そうかなあ」

「もちろん俺もこれからいろいろ経験して、成長して、なにかを生み出すかもしれない、だけど伸びしろはそんなに無いだろう、お前のようにな」

「あまり褒めないでくれ、気持ち悪い」


はは・・とイルマは煙草を消した。

「じゃあ・・・」

とイルマはスイッチをいれた、目の色が変わる、光が消え、黒く深くなる。

「教授をどうするつもりだ」

たんたんとした、感情のない言葉だ。

「殺すのか?」


・・・僕は言葉を返せないでいた。イルマ、やはり君はすごい。


「レイがなにかやっているなと呼び出して話を聞いた『なにもやってないよ』と言っていたがウソだ、なにかをたくらんでいるヤツのセリフだ」


・・・何も言えない


「俺はスポンサーの1人として、お前とレイのスマホに位置情報を共有させる設定をしている、つまりお前らがどこにいようが俺には筒抜けってことだ」


「そんな機能があるのか」


「俺との契約書を読め、ちゃんと書いてある」


重慶に行く前に借りた金にはいろいろな条件が書いてあった、あれは貸主がイルマだったのか


「で、レイの場所が最北端漁港から海上に向かって北上していくのを見てな、最初は壊れたのかと思ったよ」


イルマはすべてを知っている、そんなヤツに言うことはない


「お前たちが海賊船を使ってなにを密輸したのか?シャブではないだろうから、考えられるのは拳銃ぐらいだ、レイは韓国で徴兵を経験しているから銃器の扱いはできているだろうしな」


・・・なにも言えない、そこまで知っているのなら


「なあ、そこまでしなければいけない相手か?確かに教授を殺しても騒ぐ人間はいないかもしれない、せいぜい上納金をもらっている極道連中ぐらいだろうな、警察なんて本気で捜査することもないだろう、だけど、ここで手を汚してしまったら、お前の会社は真っ白ではいられなくなる」


「教授を避けて進むことはできない、どうしてもどこかでぶつかってしまう、ナマコ関係でかならず嫌がらせや妨害行為をしてくるだろう」

「だけど教授に実行力はない、情報と金を持っているだけのおっさんだ」

「それが怖いんだ、情報と金こそがすべてだろ?」


・・・今度はイルマが言葉を失っている。そしてハハと笑いこう言った。


「怖い?お前が?本当か?よく考えてみろよ?お前が本当に怖さを感じたことがあるのか?お前みたいにぶっ壊れているヤツが?お前の障害は、感じることができないのは時間だけじゃないと思ってるぞ、恐怖もないだろ?」


「ひろぽんが生首で発見されたと教授に言われた時も怖かった」


「それは教授に言われたからだろ?『こんなことがあったから怖がれ』って」


「違う」


「違わねーよ、お前は教授のコントロール下にまだあるんだよ、だから教授に言われたように行動してる、その証拠が銃とか殺人なんだよ」


「どうゆうことだ」


「突然ブチ切れるニートとか、無敵の人とかいるだろ?突然殺人をしちゃうようなヤツ、普段はおとなしいいじめられっ子がナイフで刺しちゃうような事件、普通はそこに至る前にいくつもの段階があるはずなのに、それを知らないでいきなり最終手段にでるやつ、それが今のお前だ」


「殺さねーよ」


「は?お前まさか殺人がすべて計画殺人だって思ってる?ほとんどは突発的で衝動的な感情に流されてやるんだよ『やるしかない』ってほかに選択肢がいくつもあるのに、目の前の破滅の道しか見えてなくて、突き進んじゃうってやつ」


「だから殺さないって、こっちにも暴力手段があるってのを見せるだけ」


「それこそほかの道が見えてない状態なんだって、お前が暴力を持つ必要なんてなくて、むしろ持ったら負けなんだよ、暴力なんて」


「じゃあどうすればいいんだよ」


「俺に任せておけって、1週間もあればいい、教授と会うのはそのあとにしてくれ」


「どうするつもりだ」


「金と情報を使うんだよ、暴力はその2つの奴隷だ」


イルマはなにをするんだろう?わからないまま言葉を待った。


「なあに、安心しろ、条件はそろっているんだ」


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