第14話 海賊船
教授を知っている人を僕は1人だけ知っている。その人がいる場所もだいたいわかる。その人が教授の手下ではないこともわかっている。問題は、その人が生きているかどうかがわからないということだ。
「5分5分だな」
とイルマは言った。僕もそれぐらいの確立だと思う。だけど2分の1で勝つならやるべきだと思う。やらなければ、どうせ負けてしまうのだ。
「その人物から教授の情報を得て、それからどうする?」
「僕が想定しているような内容、つまり教授は極道で、身柄を隠していて、それなりの組を持っているかもしれないけど、それほど大きな組ではないというのならば、ある条件が整う」
「ある条件?」
「そこから先はイルマ、君にも話せない」
「俺たちは仲間だろ?」
「仲間だからこそだ」
僕たちはおたがいを見つめあい、胎の探り合いをした。どれだけ本気なのか、命を懸けてやっているのか、それは結局言葉では伝わらない。目の奥の、そのまた奥の闇。そこから発せられる何かでしか分かり合えない。
「もう、結構な投資額が集まってるんだぜ」
「ここを乗り越えれば必ず倍返しできる」
「・・・わかった」
「さしあたって100万ほどそこから貸してくれ」
「何に使う?」
「渡航費だ」
こうして僕は2度目の重慶にやってきた。
レイ君を連れてきたので今回は迷わなかった。「チング、これは何て読む?」と中国語とハングルの通訳をやりながら、ほとんどまっすぐに目的地まで来ることができた。ホテルをとり、記憶の中にある番号からキクチさんに電話した。
「おー、おぼえてるよ、ひさしぶり」
「いま重慶にいます」
「そうなんだ!今夜は時間あるかい?」
「はい、キクチさんにおごってもらおうと思って電話しました」
「ははは、正直でいいね、じゃあホテルのロビーで会おう」
レイ君は「重慶の女性にあいさつしてくるよ、チング」と夜の街に消え、僕はキクチさんと高級中華をごちそうになった。
「で、なんの商売を始めたの?」
「これです」
と運ばれてきたナマコを指して言うとキクチさんは笑った。
「いいね、やっぱりキミは面白い」
明日も仕事があるからとキクチさんとはそれで別れた。僕もこれからやることがある。
チマキ屋の女の子はまだそこにいた。近づいて「チマキを全部くれ」というと驚いてこちらを見ていた。「そして、朝までそこで寝ていいかい?」と持ってきていた毛布を見せると「ああ!」と彼女は思い出してくれた。「君のおかげで凍死しなかった、ありがとう」と感謝を伝える。そしてもうすでに渡したかもしれないけど、と、お金を渡した。「ありがとう」と受け取ってくれた。これで重慶に来た理由の半分が終わった。
そのままホテルに帰ろうかな?と思ったけれど、やはり顔を出すだけ出してみようと思った。海鼠飯店。ナマコは中国語では海参と書くべきなので、この店はもともとやる気が全くない。だれがネズミを食えと言われて食欲が増すのだろう。
店の古臭いドアを開けると、あのおばちゃんがいた。「客かい?」「いや、ヤツにあいにきた」「雀荘だよ」
この瞬間、僕は二分の一の賭けに勝った。
雀荘は相変わらず真っ白な空気で満たされていて、そいつは相変わらずそこにいた。まるで、あの日にタイムスリップしたような感覚に襲われた。そいつの後ろに立つと「通しをしてくれるならありがたいが、サインを決めてからにしてくれ」という。「イカサマか?日本人がやりそうなことだ」「中国のほうが本場だろ」「本当の勝負の場でイカサマをやるのは日本人ぐらいだ」「歴史を知れ、小日本」「お前こそ勉強しろ、クソチョンめ」と相変わらずの危険なワードが飛び交っている。
「ひろぽん」と僕は日本語で言った。
ヒロポンは驚いてこちらを振り向き「お前か」と笑った。
ひろぽんのマージャンが終わった後、僕たちはガラガラの海鼠飯店に移り、ぬるいチンタオビールを飲んだ。
「あの時、いきなりいなくなったから驚いたんや」
「こっちこそ、お前が生首で発見されたって言われてびっくりした」
「ああ、教授のオヤジがやりそうな手やな」
「で、急いで帰国して、完遂できなかった分の仕事をしろって言われてナマコの密漁をやっちまった」
「それがあいつの手さ、つねにこちらの心理的な負担をかけてくる」
「だから自首して、ナマコの輸出入する会社を立ち上げた」
ヒュウと口笛を吹くヒロポン。
「やるねえ、教授は怒っているやろ」
「この前電話が来た、めちゃくちゃ怒ってたよ」
「いい気味だ、人を犬みたいに扱いやがって」
「それでだ、教授のことを知りたいんだ、何でもいいから教えてくれ」
「俺もそんなには知らんよ」
「そんなはずはない、ひろぽん、君が海賊であり、海賊船を持っているはずだ」
「・・・なぜそう思うんや」
僕は理由を説明する。
「まず、教授のやり口だ、ただの学生の僕に大切な覚せい剤の密輸ルートをすべて知らせるとは思えない、でもひろぽんを監視するにはぎりぎりまで同行させる必要がある、だからあの町でひろぽんが覚せい剤を入手した時点で僕に『生首で発見されてた、逃げろ!』と嘘を伝え、その場から僕を離した、嘘をついたのは僕に恩を着せてコントロールするためだね」
「教授のそこらへんのやり口はとてもうまいわ、そうでなきゃヤクザの親にはなれないんやろうな」
「で、覚せい剤を密輸するルートは海が一般的だとおもうけど、漁船とかではリスクが高いと思うんだ、海上保安庁だってバカじゃない、脱北者とか蛇頭とかもいるだろうし、人間が船を使って運ぶのはいろんなリスクがある、といってもひろぽんが船を捜査して海上での引き渡しを行うか?ってのも違う」
「そんな冒険はおれはしないね」
「じゃあ、海賊船ってなんだ?と思ったんだけど、最近知ったんだけどこれだろ?」
僕はスマホを指さす。
「小型のGPSとジャイロ機能、水中ドローンってのもある、すごくよくできているよね、これなら海流を読んで、わりと小さなバッテリーだけのラジコン船を作れる、GPSを共有すれば、日本の近海でキャッチすればいいだけだ」
「もともとそうゆうラジコンがあるんよ、それをちょっと改造すればいいだけや」
海賊船の謎は解けた。
「そもそも、スマホを最近知ったって何人だよ?」
「つい最近まで1970年代だと思っていた」
・・・・っ
アハハハハハハハハハ!!!!!!
とひろぽんは爆笑する。
「さすがだ、お前はアホや、お前みたいなアホにはあったことがない、アハハハ!!!!!!マジか?どうりで話が変だなって思ってたんや!!」
「脳の障害らしい、そのかわり記憶力だけはある」
「天は二物をってやつやな」
「まあ、そのあたりは納得しているよ」
場が砕けたあたりでレイ君が「終わった」と連絡してきたので海鼠飯店に来てもらう。ひろぽんを紹介して3人で飲んだ。「この店の物はなんでも飲んでいい」とひろぽんがいうのでレイ君が「ありがとう、チング!」と喜んだ。
それからの話題は教授のこととなった。ひろぽんが知っているのは旅が終わって、チャイニーズマフィアにコキ使われて、人殺しの罪をかぶせられそうになった時、そこから逃げるのを教授が手伝ってくれたということ。手下は1,2人の小さな組長であり、上納金を収めながら汚いしのぎをやっているということ。東京駅のホームレスになったのは「ヤバイことに巻き込まれた」からということだけ聞いていたらしい。
「たぶん、コロシだとおもうわ」
とひろぽんは言う。普通だったら手下に自首させるのが極道の常だけど、教授は手下をあまりもたず、経済ヤクザとしての任侠道を歩んでいたから、いきなり部下も「10年入ってこい」といわれて逃げたんじゃないか?ということだ。
だから事務所を構えたってのも、だれか身代わりを見つけたのか、しばらく身を隠して十分ほとぼりが冷めたと感じたのか、手下の女の家にでも転がり込んだか、まあ、そんなところだろうとひろぽんは言う。
「あれから仕事の催促はないしなー、来てもなんだかんだ理由をつけてやらないけどなー」
「教授は金はあるけど、強い実行力はないってこと?」
「ああ、でも上納金は収めているから、上部組織からいろいろ守られてるやろ」
僕はぬるくなったビールを眺めながら考える。
「条件がそろった」
「条件?」
「僕もやりたいことをやるよ、ひろぽん」
「そうかー俺も手伝わせてや」
もちろんだ。と、僕は思った。
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