第13話 悪人恩人

まさか、この番号から電話がかかってくるなんて考えたことがなかった。僕がナマコの密漁で自首してからすでに5か月が経過しているはずだ(とレイ君から教えてもらっている)から、教授が東京駅の段ボールの森から消えて音信不通になって、いまでも警察から追われている身なのだ。


電話に出たほうがいいのだろうか?いや、出たほうがいいに決まっている。こんな時のために、警察から「一応」かかってきたら「録音」しておいてといわれている。レイ君に任せてそうゆう設定をしていたはずだ。


通話、をスライドさせる。


「よう、ひさしぶりだな」

小さいボソボソ声が聞こえる。


「・・教授」


「おまえさんが自首してからこっちはえらい目にあってよ、やっと電話できたぜ」


「その節は、すいませんでした」


「ふん、俺は関係ねぇけどよ、お前を紹介したメンツが丸つぶれだよ」


「すいません」


「おまけに自分でナマコの仕事を始めてるらしいな?商売敵にまでなってよお・・えらくなったもんだなぁ」


「すいません」


「てめぇのことはずいぶん目をかけてやったのによぉ」


「すいません」


「その『すいません』ってやつやめやがれ!!!!!」


突然、スマホがビリビリしびれるほどの大声を出されて驚く。


「てめぇ!俺たちのメンツやスジってやつなめんじゃねえぞ!!エンコだけじゃあねえ!生首差し出してもらわねえとこっちは生きていけねえってんだよ!ああ?どうやって落とし前つけんだよ!?サツにチクるか?女みてぇにくさった根性でよお!」


「教授」


「東京駅のゴミムシだったお前を誰が引き上げてやったと思ってんだよ!ああ?!誰がお前みたいなやつに生き方を教えてやったと思ってんだよ?犬だってエサくれたやつには従うぜ?お前の頭は犬以下か?」


「教授」


「んだよ!」


「さっきのは女性蔑視の発言です」


それからはずっと罵倒が続いた。耳が疲れたので、スピーカーにしてベンチに置いた。周囲に教授の怒鳴り声が響き、行き交う人はだいたい5mぐらいの距離をとってこちらを見ている。僕は笑顔で「なんでもないですよ」と彼らに伝え、スマホのバッテリーはすごい勢いで減っていった。


「あと、3%です」

と僕が伝えたところで教授は冷静さを取り戻した。

「要件をおねがいします」


「・・・けっ、じゃあ今度事務所構えたから遊びに来い、以上だ」


通話が切れた。


僕はレイ君に意見をうかがうことにした。構内の食堂でラーメンを食べた後、事情を説明すると「チング、絶対に行かないほうがいいね」と即答だった。あんずにもカウンセリングの最後に聞いてみた「教授って例のやくざでしょ?だめだめ、警察に言いなよ」と即答だった。


イルマだけが違う意見だった。


企業研究会の部室で、イルマはノートPCの前で僕の話を聞き、おわったあとしばらく考えていた。「ちょっと待ってろ」と缶コーヒーを買ってきて、2人でそれを飲んだ。とても甘い缶コーヒーだった。


お互いの缶コーヒーがなくなったころ「ほかのやつには話したか?」とイルマが口を開いた。


「話した」

「反対しただろ」

「警察に行けって言われた」

「それが普通の反応だ」

「だけど僕は行くべきだと思っている」

「なぜだ」

「教授は覚せい剤の輸入とナマコの密漁のシノギを持っている、立派な極道だ、ホームレスだったのは身柄を隠すためだったと思う、だからやろうと思えば手下を使って僕の会社をつぶすなんて簡単にできるだろう、たとえば、突然僕が車にはねられるとか」

「おれもそれはあると思う、殺しは現実的な極道の手段だ、覚せい剤を輸入できるなら拳銃だって手に入るだろうし、それをつかってバン!手下は銃をもって警察に自首する」

「だから警察に言ったらだめだと思うんだ、教授はいつでも僕を殺せる、その可能性が一生残る」

「話し合いをしたからって、殺しの可能性が消えるとは限らないぜ」

「警察を呼ぶよりはましだ、スジとメンツを通せば会社は生きる」

「結局おいしいところをヤクザにとられることになるのか、お前、会社を教授に売るつもりか?」

「それは絶対にない、僕の会社を大きくすることが今の僕の生きる意味だ」

「じゃあ、どうする」

「まずは情報が必要だ、教授がどれほどの人物か調べなければ戦えない」

「どうやって調べる?警察に聞くのか?」

「それは最後の方法にする」

「じゃあ、最初の方法はなんだよ?」

「教授を知っている人を、1人だけ知っている、その人に話を聞く」

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