第9話 犬と飼い主
ざわつく漁協の中で伝言ゲームが行われ、シナプス神経回路のように僕の存在が全体にいきわたった。僕は会議室っぽいところに通され、筋肉質の男性とともにその部屋に押し込められた。「なんで、密漁なんかしたのかな?」と優しく、そして怒りを押し込めながら男性は聞いた。僕はすべてを話した。
「・・・キミのやったことは許されることじゃない、確かに海の中にいる生き物だけど、あのナマコは僕たち漁協と漁師が協力して生産管理をしているものなんだ、数年かけてやっと数がもどってきている、それを勝手に採っていいものではない」
「わかっています」
「もうしわけないが、警察がもう少しでやってくる」
「はい」
「だが、被害届を君に対して出そうとは思わない、キミのような末端を捕まえても意味がないからだ、その、教授とよばれる人の逮捕に協力してくれるならキミは警察に逮捕されることはない」
「はい」
「密漁者には本当に我々は怒っている、君のいたグループだけでなく、何組もいるんだ、深夜にやってきて、やっと大きくなったナマコを密漁し、バカみたいな値段で中国に売りさばいている、いつかここのナマコを採り尽くしてしまうだろう」
「はい」
と言ったところで乱暴にドアが開き、スーツの刑事と制服の警官がやってきた。
「お前か?密漁していたっていう野郎は?どんな神経してここにやってきた?仲間はどこいった?お前が売ったのか?ああ?」「質問になんでも答えたいと思います」「ああ?なんだこのクソが?偉そうになにいってんだ?」「私が密漁をしていた人間です、罪を告白したくてやってきました、仲間というかグループの人たちとはほとんど面識がありません、みんな逃げました、僕を紹介した人間の情報はこれから話します」「うるっせえ!!」と髪をつかまれて机にたたきつけられた。
「質問するのはこっちなんだよ!それまでしゃべるな!!」
「質問してきたことに答えただけです」
ゴン!と顔面がつぶされた。正直に質問に答えただけなのに・・日本語って本当に難しいと思った。
それから僕はパトカーに乗り、最北端の警察署に移送された。そこで実家に電話して、僕を育ててくれた男性と話した。
「ほんとうに、やってしまったんだね」と男性はやさしく僕をしかった。
「はい、もうしわけございません」
「罪は償わなければいけないよ」
「はい、そのためにここにいます」
「大学は除名になるかもね」
「ほんとうにすいませんでした」
そのようなやり取りをして、電話を取り上げられた。それから大学の学生課の偉い人とも電話をした。
「今回、起訴されるようなことがあれば除名は免れません」
「そうですか」
「ですが、起訴されないのであればその対象ではありません」
「わかりました」
「こちらとしても警察と協力し、処遇が決定すればまた報告します」
「もうしわけございませんでした」
ルールにのっとったやり取りを事務的にこなす。そして刑事が嬉しそうに言った。
「さあ、次はお待ちかねの教授ってやつに電話しろぉ」
僕は電話を受け取り、記憶していた番号にかける。
「・・・おれだ」
「僕です」
ブチっと回線が切られた。刑事は何度もかけなおしたが、もう教授は電話に出ないだろう。あの段ボールの森にもいないだろう。僕たちの密漁グループが捕まった時から、きっとすでに教授は身を隠していたに違いない。
「なぁんんでだよ!お前のおやじだろ!親分じゃねえのかよ!!」
と刑事は騒ぐ。教授を、ほんとうにただのホームレスだと思っていたらしい。電話をすれば教授が罪を告白するとでも思っていたのだろうか。段ボールの森に案内すれば、そこに教授がのんきに生活しているとでも信じていたのだろうか。警察が、本当に自分のことしか考えていないといった牧場のお父さんの言葉が思い出された。
「お前!しらばっくれてウソついてんだろ!吐けよ!この野郎!!」
僕は本当にすべて話したが、刑事はそれすら信じられないと狂い続けていた。48時間が経過し、僕は拘置所に移送されることになった。8人部屋の空間で共同生活をし、食事と運動と余暇の間に検察局に行って、僕の担当検事と話をした。
「僕はあなたを起訴したくない、大学に在籍したまま官僚を目指すなり、起業をめざすなりしてもらうことが社会への贖罪だと考えています」
と検事は言った。
「そのかわり、教授のことをすべて話してもらうのが条件です」
僕は何度も話した教授のことを検事に話した。教授を紹介してくれたサエキさんのことも話した。実際に東京まで移送され、段ボールの森まで案内した。だがもちろん、教授はそこにはいなかった。
「まるで犬小屋だな」
と警官は言った。
「だけど、僕の飼い主でした」
と僕は言った。
2週間が過ぎ、検察は起訴を見送った。僕は無罪となり、再び東京の大学にもどってきた。
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