第8話 スジと道
「警察を呼んでください」と僕は酪農家の夫婦に言った。「僕はナマコ密漁に加わって逃げてきました」密漁、という言葉に奥さんが動揺する。覚せい剤の密輸にも関わっていましたといったら、きっと倒れてしまうかもしれない。「もちっとくわしく話してくれるか?」とマジになったお父さんが言う。僕はゆっくりと、大学に入ったあたりから話し始める。僕の実家の住所や電話番号を伝える、大学名と学生番号を伝える、起業を目的とするサークルに入部し、結局一文無しになったことを伝える、東京駅の地面でホームレスに救われ、ヤクザの親分らしき人と知り合い、そして今に至ることを伝える、そして全部を警察に話して罪を受ける覚悟があることを伝えた。
「うーん」とお父さんは腕を組んで悩んでいた。「俺はよ、警察が大っ嫌いでよ、あいつら自分のことばっかで他人をくずだっておもってるからよ、なるべくなら呼びたくないんだわ」と言った。「俺も若いころはさんざん悪いことばっかやってきてよ、こうして親の農場継いでなければきっと極道やって、今頃牛のエサよ、ほれ、みてみろ」と作業着を抜いで背中を見せてくれた。立派な阿修羅が彫られていた。それを見ている奥さんもすでに動揺はしていなかった。
「別にやりたくてやったわけじゃねえんだべ?金に困ったら仕事なんて選べねえしよ、兄ちゃんなら頭良いし、いくらでもやりなおせるって、警察なんて行くことねえ、あいつら自分のことしか考えてねえからよ」とガハハと笑った。「ここの牛も警察が嫌いだからよ、あいつら来たら牛乳の味が落ちるのよ、だから警察なんて呼ばねえし、行くこともねえって、その分なにかで人助けすればいいんだ」「電話なら貸してやるから親にでも友達にでもかけれ、それに今日は泊っていけ、明日だったら町まで送ってやるからよ」「そうしなよ」
そのまま、ご夫婦に押し切られるように牧場に泊めてもらうことになった。夜になると高校生の息子が帰ってきて、僕の話を面白がって聞いてきた。「すげえ!まじで!」「世界って広いんだな!」「おめえもこの兄ちゃんみたいにいろんな世界をみてきたらいい」「ヤクザになるのはやめてね」「ならねーよ、俺もお兄さんみたいになにかやる」「何かって、なに?」「何か、だよ!」「ガハハ!そうゆうのもいろいろ経験しないと思いつかないもんよ」
お酒も入って、楽しい夕食だった。皿洗いを手伝っていると奥さんに「で、どうするの?」と聞かれた。もう、僕は道を選んでしまっている。
「明日、もう一度最北端まで行こうと思います」
「じゃ、送っていく」
翌日、農場に別れを告げた。お父さんと息子と別れを告げた。牛たちに別れを告げた。ありがとう。本当にありがとう。
僕は奥さんの運転する土だらけのワンボックスカーに乗り「おねがいします」と言った。「ほんとうにいいの?」と奥さんが念をおす。「覚悟できています」奥さんはゆっくりとアクセルを踏み込み、ほとんど戻さなかった。すぐに海沿いの国道に出て、ミサイルのように飛んでいく車の後ろについた。数秒で車は前方の車をとらえ、2,3の刹那の判断の後、追い越した。車はすべての景色を後ろに吹っ飛ばしていった。僕が2日間歩き続けた距離は、奥さんのドライブする車だと10分もかからなかった。そして大きな建物の前で車を止めてくれた。「じゃ、元気でね」と奥さんと別れる。
一人になって考えた。これからどうなるのだろう?だけど、逃げ出すことも流されることも許されない。僕の選んだ道は、ここを通過しなければ始まらない。
最北端漁協の玄関をくぐり、受付、というか一番近くにいた女性に話しかける。
「あの、ナマコ密漁をしていたものですけど」
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