第5話ヒロポンとひろぽん
メタンフェタミン塩酸塩は通称覚せい剤と言われ、日本では所持しているだけでも処罰の対象となる。特筆すべきはその中毒性で「覚せい剤辞めますか、それとも人間辞めますか」のキャッチコピーは覚せい剤の恐ろしさを表しているといえるだろう。
「でもな、人間なんてやめればいいんだ」
と段ボールの教授は言う。「やめたい奴はやめればいい、その自由は人間に与えられているべき権利だと俺は思う、誰だって好き好んで生まれてきたわけじゃねえのによ、死ぬのは痛ぇし苦しいってんだからスジの通らねえ話なんだよ、兄ちゃんにはわかんねぇかもしれねえけど、世の中には死ぬよりも苦しいってことがいっぱいあるんだ、だからそんな連中に神様がご容赦して与えてくれたのが酒だったりシャブだったりするんだよ、それにこれは大事なポイントだけどな・・・」
「大事なポイント」
「そう、大事なポイントだ、それはな・・」
もったいぶって言葉を溜める教授に吸い込まれそうになっていく。この人はバカじゃない。本当に教授だったのかもしれない。人を引き付ける話術を持っている。
「やらなきゃいいんだ」
「まあ、そうですね」
「本当に人生に苦しんでいる人だけがやればいい、むしろ、そうゆうかわいそうな人たちにシャブを届ける大切な仕事だ、人助けと言っていい、本当の人助けは法律じゃあ裁けない、NPOとか偉そうなバカがここにもくるけどよ、あいつら自分に酔ってるだけのジャンキーだ、きっとそうゆう脳内麻薬がでてるんだろうな、顔見れば一発でわかるよ、でもNPOの決算書とか見ればわかるよ、あいつらはクズだ、人助けをしているつもりかもしれんけど根っこは極道とかわらんよ、本当の人助けってのは法律や銭では測れない」
「でも、重罪です」
教授が僕をにらんだ。小柄な老人から出されるエネルギーとは思えない力がその眼光から発せられる。蛇のような眼・・というが、蛇はこんな鋭い眼をするんだろうか。僕たちの間の空気を凍らせる眼。酸素を薄くするような眼。僕は日本刀が自分の胸元に突き付けられているのを感じた。はっきりと、ここに冷たい刀がある。それは教授の意志、狂った信念、疑いのない真っ白な任侠が生み出している。
「話がわかんねぇバカじゃねえんだろ」
「はい、お話は理解できています」
「法律じゃあねえんだよ」
「いえ、私の目的は年商1億円の会社を起業することです、それは法律のルールに乗っていないと達成できません」
「おまえさんにはムリだよ」
「はい、だから教えを請いにここまできました」
「じゃあ、俺の言うことを聞けよ」
「覚せい剤の輸入は重罪です、懲役をもらう可能性が非常に高いです」
「だれが輸入しろっていったよ、お前さんはコーディネーターと話をつけてくるだけだよ」
「それなら・・」
「億を稼ごうってんだからこうゆう社会の裏側も経験しないとな」
「で、どうすれば・・・」
「まずは中国語と韓国語を覚えろ」
「それなら簡単です」
「はっ、それから重慶に飛べ」
「そこにはなにがあるんですか?」
「海賊船とその船長だよ」
「海賊船・・・」
「おう、ひろぽんってバカがいるから、そいつに手紙と金を渡せ、仕事はそれだけだ」
「1億の商売になりますか?」
「それはお前さんしだいだ、100円にもならねえかもしれないし、あっというまに1億なんて超えるかもしれねえ、まあ、胎は座ってるみたいだから俺はうまくいくと思うぜ」
「じゃあ、やります」
「そうか、言葉おぼえるのにどれぐらいかかる?」
「日常会話なら2週間もあれば」
「じゃあ、2か国語で1か月な」
「いえ、2か国語で2週間です」
「・・・はっ」
電話番号を教授に渡して東京駅を後にした。ひさしぶりに爽快な気分だった。やばい世界に足を踏み入れた気はしているけど、前進ってことでいいだろう。それに勉強するだけなら楽勝だ。
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