第4話 発掘!1億円の仕事

起業「新しく事業を起こすこと」


たったのこれだけ。起業について勉強しようとしても、さあ、世の中には無駄な情報があふれていて、目的の情報までたどり着くことができなくなっている。僕は1億円の会社を起業する方法をしりたかっただけなのに。入間とあんずは「じゃあ、ビジネスアイデアを思いついたら来いよ」「べつに思いつかなくても来ていいよ」と笑っていた。「難しく考えるな、商売なんて安く買って高く売ればいいんだ」


イルマのアドバイスについて考える。するとまあ小売業みたいなのがすぐに思い浮かんだ。生産している人から大量にものを安く買って、それをほしい人にちょっと高く売る。そうすれば儲かる。シンプルだが誰でも考え付くだけに粗利は低い、それに初期費用がかさむ。


僕のような個人が始めるなら、まずは小さなものから始めるべきだ。CDやゲーム、服、本、食料品、車やバイク、なにか安く買えて高く売れるものはないか?と目に入るものすべてに値札をつけて歩く。だが、どれもイマイチ。簡単に始められるものは、粗利は低い。1人でやって1億円の年商を上げるにはとっくに大学にいないだろう。


大学、この大学のブランドを生かしたビジネス。家庭教師、塾講師、需要はある。だが組織化してやるには時間がかかりすぎるし、僕の能力にそぐわない。人を集めたり、営業するのが苦手だ。能力、能力、やはり勉強か。


これまでは何を勉強するべきか?がはっきりしていた。だが、こればっかりは誰も教えてくれない。当然の話だ。1億円が元手なしでゲットできる方法なら誰だって教えない。こっそり自分で始めるだろう。資本主義は世知辛い。資本主義・・


資本主義は搾取の歴史だ。強いものが弱いものから巻き上げて初めて富が生まれる。誰からも巻き上げられない人は自然から巻き上げる。たとえばゴールドラッシュ。自然から生まれる富に群がる人々の間には、搾取をする側される側の関係が生まれなかったという。ホントかよ。


現在の日本で、金がザクザクとれる場所はない。ほかに自然から金が生まれることは・・農業や漁師になるつもりはないし、第一次産業を始める時間も金もない。1次がダメなら、2次は・・・飲食業やサービス業とか?


東大生が作るラーメンとか、東大生のレンタル彼氏とか、うーん、自分にそのセンスがあるとは思えない。勉強しかできないんだ、勉強しか。勉強が金になるなら1億なんてすぐに到達できるのに・・・


「絶対に1億円儲かる話」というワードを検索する。情報のゴミが川の流れのように過ぎていく。絶望の川だ。だらだらと文字を追うと日本の債務について1発でゼロにする方法がこう書かれていた。


「一瞬だけ、海ほたるの通行料を1000兆円にする」


実に理にかなっている。その不幸な1舜に車で通過してしまった人は日本の債務をすべて背負うことになる。1人は犠牲となり、残りの1億人はスーパーハッピーだ。支払い能力なんて知らない。政府は被害者となり、借金はなくなる。そしてだれも日本に来なくなるだろう。なぜなら次のうみほたるの犠牲者になるかもしれないからだ。

このくだらないネットジョークにもエスプリが効いていて僕にアイデアが湧いてくる。東大生を1日レンタルするビジネスー1億円ー・・・だれが払うんだ、だれが。


だめだ、だんだん頭がおかしくなってくる。僕はついに「1億円稼ぐ方法!」という情報サイトにまで手を出してしまい(1800円と安かったから)そこに書いてある「『1億円稼ぐ方法!』という情報を売る、つまりは私と同じことをしてください」という文章を見て「くそっ!!!!ファッキンウジ虫!!」と叫んでしまった。


汚い言葉を使ったせいか、それからは墜落してくだけの日々だった。図書館にあった投資の本を読む。株や外国為替に手を出してバイト代が消える。「株はギャンブルっていうんだったら、ギャンブルは投資じゃんね」とパチンコ屋に言ってみる。3か月分の生活費が1時間で消える。


東京駅に行き、起業のヒントを得ようと歩き続ける。なぜ東京駅か、理由はなんとなく。あと貯金が底をつきかけていて、帰りの電車賃がない。いやさっきまであったが、むしろ半端な金があるからアイデアがわかないのだと缶コーヒーに変えた。さあ、本当に金がない。


ホームレスの横に座ってぼんやりと前を行きかう人々を見る。みんな働いていてえらい。「おい兄ちゃん」とホームレスのおじさんがすごい臭気で話しかけてきた。顔がでこぼこしていて、目が驚くほど小さいおじさんだった。「なんで座ってる、さっさといけ」「金がないんです」「・・・そうか」「1億円を稼がなければいけないんです」「そりゃ大変だな」「おしえてください、1億円稼ぐ方法」「そんなの俺が知りたいよ、どうして稼がないといけないんだ?」理由を話すとガハハッハアハハハ!!!!!!!とすごい声で笑った。


「気に入った!にいちゃんおもしろいからイイことおしえてやる!おじさんは1億稼ぐ方法しらないけどよ、東京駅のホームレスには頭のいい人がいるからその人を紹介してやるよ」


場所をおしえてもらい「サエキの紹介っていえば、話を聞いてくれると思うぜ」


教えてもらった場所は東京駅の中にあって東京駅ではないような場所だった。人の流れから完全に隔離されていて、駅員すらもその場所を知らないんじゃないかと思えた。何の目的にこの通路が作られたのだろう?考えられるのは段ボール置き場だ。段ボールをここにプールしておいて、使うときになったら持ち出す。そう考えてこの場所を作ったら、運び込まれる段ボールの量が多くて、使われる段ボールがあまりなく、どこかの国の借金のように積もり続けていったのだろう。


段ボールが吸湿するのだろう、その通路には適度な湿気と乾燥があり、行き止まりの息苦しさを与えなかった。そして段ボールの森を潜り抜けた先に、段ボールの家があった。うまく擬態している。限りなく自然に段ボールが重なっているように見える。だが回り込むと人1人がくぐれるくらいの入り口があり、そこから内部に空間があるのがわかる。あいさつをするまえから「誰だ?」と中から声がした。「サエキさんの紹介で来たんですけど」「・・・そうか、氏は元気だったか?」「さあ、でもすごい笑いながらここを紹介してくれました」


中からリスが動くぐらいの気配がして人が出てきた。小柄な老人、思ったよりも清潔感がある。短くはげあがった白髪に、半袖のポロシャツ、乾燥した肌、ひねくれていて鋭い眼。


「じゃあ、話ぐらいは聞いてやる」と外に出てきた。「えっと、教授さんでいいですか?」「なんとでも呼べ」「ご専門は?」「なめてんのか?」」「いえ、実はわたくし1億円を稼ぐ会社を起業しなければならなくなりまして、そのヒントを探しています」「借金でもあるのか?」「いえ、でも金には困ってます」「いつでもそこらへんに寝ころべばいい、で、なんで1億なんだ?」「ホレた女がいまして、彼女とセックスする条件なんです」「はは、サエキ氏が紹介した理由が分かった」「いろいろ考えて、気が付けば文無しになってしまいました」「ギャンブルにでも手を出したか?」「はい、それですっからかんです」「真面目に働け、見たところ頭も悪くないんだろ?」「はい、勉強だけが取り柄です」「イヤなやつだな、女なんて誰でもいいだろ」「いえ、それがあんずでないといけないのです!こればっかりは動かせません」「まあ、なんとなくわかるよ、俺も惚れた女がいた」「ですので1億稼ぐ会社を起業せねばならんのです」「1億か、それぐらいならなんとでもやりようがある」


「なんとかなりますか!」「まあな、おちつけ」「おちつけません!」「この家を破壊したら殺すぞ」「それはこまります」「じゃあ、おとなしくしていろ」


小さな段ボールハウスの中で正座をした。教授はじらすように煙草をふかし、あたりの空気は真っ白になった。「こんな家だからやめたほうがいいんだけどな・・・」と切ない眼をたばこに向ける。こんなアホっぽい人が・・・1億の稼ぎ方を知っているなんて・・・今日はなんて人生の教訓が多い日なんだろう。おじさんはゆっくりと、そして決意を込めた言葉で話し始めた。


「兄ちゃん、語学は得意か?」

「筆談ならば完璧です」

「しゃべることはできんのか?」

「辞書を暗記することはできますが、耳で聞かなければ発音を理解できないんです」

「辞書を暗記することはねえよ、会話ができればいい」

「それぐらいなら簡単です」

ふーっ・・・

「じゃあよ、とある国の言葉を覚えて現地にいってほしいんだよ」

「はい」

「そこでよ、とある化学物質が作られているから、それをもって日本までかえってくるって仕事よ」

「それだけですか?それだけなら1億は厳しいかと」

「大丈夫だ、仕事はいくらでもある」

「とある化学物質とは?」

「メタンフェタミンだ」

「シャブですね」


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