第12話 ギルドで受けた予想外の塩対応

「あの、ウィル。こんなことを私が言ってもよいのかわからないけれども、本当によろしいのかしら」

「大丈夫。ザビーネちゃんは何も考えなくて」


 薄汚れた木の扉を押すとその年月を物語るようにギイと重たい音が響き渡り、安酒の匂いが漏れ出てきた。扉の先は昼過ぎにもかかわらず空気は饐えて淀み、がやがやと下卑た笑いに満ちている。気持ちが悪い。まさに場末という感じだ。前世ではこんな治安の悪そうなところに入ったことはなかったものだから、その一斉に向けられた視線に少しだけ怯んだ。


「おお? これは王子様じゃぁございませんか。今度はどんな女をお探しで? 男爵家の御令嬢じゃあ物足りなかったんですかい?」


 どっと笑い声が響く。

 そこには昼だというのに多くの冒険者、というより俺には野盗の類にしか見えなかったけれども、大勢の男が酒を飲んでいた。

 何なんだこいつら。俺は王子だぞ。

 けれども思い直す。ここはどんな身分であれ平等なはずだ。なにせ冒険者ギルドなんだからな。


 声を無視してギルドの受付カウンターに急ぐ。

 大きな一枚板の立派なカウンターがいくつかのブースに区切られていた。ここだけは役所の窓口のようでホッとする。

 この世界で主人公は、一番最初に冒険者になろうとこのギルドを訪れる。そこで一緒に冒険する者を募る。その時主人公、つまりあのモブ女が王子の俺と騎士のアレクと賢者のソルを選んだんだ。

 この冒険者ギルドでは冒険者同士を仲介する制度がある。俺も昔登録した。あのモブ女も登録した。てことは俺も同じマッチングサービスを受けられるはずだ。


「本日のご用件は何でしょうか」

「パーティメンバーを増やすことを考えている」

「新しい女が欲しいんですぅ」

「ギャハハハ」


 腹立たしいヤジは無視する。どうせあいつらもモブだ。あのモブ女と同じようにな。

 カウンター越しのギルド職員は少々戸惑っているようだがコクリと頷き席に着くよう促された。

 俺のすぐ後ろでザビーネが所在なさげに左右を見回している。その後ろ姿に無遠慮に投げつけられる下卑た視線。連れてくるんじゃなかったかもしれない。ゲームの中でも確かにギルドに酒場は併設されていた。けれどもこんな場末臭い場所だとは思わなかった。


「どのようなメンバーがご希望でしょう」

「20階層程度に到達している女性2人組で前衛職と後衛職のパーティがいい」

「それは……」

「今のパーティで女性はこのザビーネだけだ。落ち着けるよう女性を増やしたい」

「あの、私は今のメンバーでも……」

「ザビーネちゃん、無理はしなくていいんだ」


 ヒューヒューという口笛とハーレム、ハーレムという合いの手が聞こえる。

 糞。腹立たしい。

 けれどもそれも魔王を倒すまでだ。魔王さえ倒せば全てがひっくり返る。オセロのように。俺の偉業が響き渡るはずだ。


「このギルドに所属する大半の女性冒険者は一般市民です。それであればウォルター様に身分が近しいアレク様とソル様の方が合うと思われますが……」

「ともあれリストを見せて欲しい。それがあなたの仕事だろう? 判断はこちらでする」


 ギルド職員がパーティ募集をしている女性パーティのリストを打ち出し、手渡される。

 どれどれ。


 いくつかゲームの中で見た記憶がある名前がある。例えばマリアとミーニャのアサシンと星使いの双子。ちっぱいだが中東風の服装でセクシーだ。それからティアリスとエーファの格闘家と僧侶のパーティー。2人とも胸がでかい。けれども俺の一押しはやっぱりこの2人だ。大剣士ハンナ、僧侶カリーナの胸も尻もでかい幼馴染コンビ。だいたい俺の素プレイのパーティはこの2人にザビーネを加えた巨乳百合ハーレムパーティだった。

 戦士、僧侶、魔法使いでバランスも取れて安定している。これなら俺は攻略し慣れている。ここからはハーレム展開だ。


「この2人と連絡したい。連絡先を教えてくれ」

「それは致しかねます。パーティ全員でギルドの会議室でお会いください」

「いや、ザビーネに合うかどうかを先に確認したい。大丈夫なら他の2人と合わせて会う」

「しかし……」

「俺は王子だぞ!」

「あの、ウィル……」


 ザビーネの声で少し冷静になり、気がつくと、あれほど騒がしかったギルド内がシンと静まりかえっていた。

 なんだ。なんだってんだ畜生。


「2人の住所は知っている。直接行くと連絡しておいて欲しい」

「あの……」

「いくぞザビーネちゃん」

「えっ? ウィル?」


 こんな糞みたいなところに1秒だっていられるか。あの2人の住所は知っている。攻略を進めると家に招かれるイベントがあるからな。だから直接会いに行くだけだ。

 それに2人のパーティ加入に必要なイベントは知っている。あの2人は出身の村の友人の病気を治すために25階層にある『月下の花』を必要としている。それを渡せばお礼にパーティに入る。『月下の花』はこのためにこの間、25階層で取得しておいた。レアなアイテムだから25階層を周回した。あの時のまたかというアレクとソルのため息が腹立たしいが、だから2人のパーティ加入には問題はないはずだ。

 俺はとっととグローリーフィアをクリアして楽しく遊んで暮らすんだ。


 そして俺はその時、丁度素材を売却に来ていたジャスティンにギルドでの様子を見られていたことに気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る