2章 王子の焦燥とプログラムとのズレとその原因
第10話 何かおかしい。早くクリアしなければならないような
何かがおかしい。
何故これほど攻略が遅延しているのだろう。いや、何故思うより攻略が進んでいないんだ?
その理由は明白だ。この国の発展度合いはほぼデフォルトだったからだ。国への投資が全くされていない。経営シミュレーション部分が全て放置されている。
そのせいで攻略が進んでいないんだろうか。
確かにグローリーフィア迷宮は広大だ。
けれどもそれは半オープンワールド的な自由な楽しみ方ができるよう構成されているからで、一直線に進めばゲーム期間の1年以内に問題なく何らかのトゥルーエンドにたどり着いてクリアできるはずの難易度なんだ。
『幻想迷宮グローリーフィア』は本来乙女ゲーのはずなのに、最強装備を作成して主人公が鍛治マイスターになるとか全ての種類のモンスターをテイムするとか、乙女要素を度外視したマニアックな遊び方ができる。前世でちょうど流行ってたのが他のユーザーと協力して店を出して商店街を経営するプレイ。バトルランキングを競うというのもテンプレートなプレイだ。
だからグローリーフィアはRPG的面白さも合わさり、本来のターゲット層である女性だけではなく男性にもそれなりに人気のあるゲームだった。
そして今はエンディング後。そして残念なことにノーマルエンドの世界線。
このゲームは何周もしたが、当然ながらエンディング後の世界なんてメデタシメデタシ的なメタ幕切れで、その後本当にどうなるのかは語られていない。
これがトゥルーエンドならば『その後
今回はウォルターのノーマルエンド。王子様と男爵令嬢の許されない恋の祝福エンド。
ゲームではさも身分違いの禁断の愛を乗り越えたかのような終わり方だったが、実際に頭と目が冷めてみて改めて考えるとこの国の空気感は一種異様だった。そして事前にたくさん呈された苦言を思い出す。あれは王宮での晩餐後のことだった。
「王子よ、なぜそんな無理難題をいうのだ。もし后にしたいのであれば男爵令嬢ならば第三妃が精一杯だろう」
「嫌です。マリーが1番じゃないと嫌なんです!」
「それに男爵令嬢が第一妃となれば困るのはマリオン嬢のほうじゃろう?」
「父上! なんでそんな意地悪をいうんですか! 第一妃で嫌なはずがないでしょう!?」
「ウィルよ、お前は一体どうしたというのだ。少し前まではそれほどおかしくはなかったはずだが」
「おかしくなんて! 僕は真実にマリーとの愛に生きるだけです!」
「やはりマリオン嬢がウィルに魅了の魔法ででも使用しているのだろうか」
「王よ、一応調査は致しましたが魔法的効果は検出されておりません」
「何を言っているんです! 僕はマリーと結婚するのです! なんとしても!」
それからも何度も話し合いは行われた。
けれども俺は結婚するの一点張りで、周りの人間は、もちろん家族も含めて俺に向けられる瞳はどんどん昏く沈んでいき、そのうち俺が正気を失っているかのような扱いがなされるようになり、諦めてマリーと結婚することを認めさせる代わりに同時に廃嫡を検討するという話がひっそりと進展しているのを記憶の端っこが捉えていた。そんな状況下で弟や妹に庇われて、なんとか執り行われたのがあの結婚式だった。
誰も祝福しない結婚。
エンディングを迎えた後も変わらず、現在も、いやますます耐えられないくらいの奇異の目で見られている。朝も、昼も、夜もあたかも俺が正気を失っているかのように取り扱われる。
何故だ。
いや理由は明白で、ダンジョンを放置して男爵令嬢を第一妃として結婚しようとしたからだ。
そしてこの世界が前世で遊んだゲームであることに結婚式が中途で終わって、それから3日たった朝に気がついた。突然だ。
その瞬間、俺の頭は真っ白になった。体が一瞬動かなくなった。
ここは『幻想迷宮グローリーフィア』の世界?
たくさんの冒険や恋愛が溢れているはずなのにこれで人生終わり?
恋愛や冒険の楽しさは全て終わってしまった?
ダンジョンにはもう行っちゃ駄目なの?
女の子はたくさんいたけど百合ハーレムエンドは無理?
まさかまさか。エンド後のしかも結婚式後のそんな搾りっカスみたいなところをもらったって誰得なんだっつーの。
そして心底、結婚式が完了しなくてすんでよかった、と思った。
結婚式の3日後の朝、俺はその相手、つまり主人公の女を改めて見た。まじまじと、俺の目の前でぶっ倒れた女の顔を。
ゲンスハイマー男爵令嬢マリオン・ゲンスハイマー。
「マリー、調子はどうだい」
「今日も相変わらずです。早く元気になりますね」
「そう、ゆっくり休んで体を休めてね」
「ありがとうございます」
恐る恐る、前日の俺との違いがばれないか話しかける。けれどもその返答はモブっぽい。キングオブNPC。そのことにホッとした。
そこで会話は途切れて改めて女の顔を見つめる。
綺麗っちゃあ綺麗だがどことなくモブっぽい。鉄板的に印象に残らない主人公顔。シルエットに顔の記載がなくても違和感がないレベル。そしてマリオンは以降返事もなく俺を見つめるだけだった。
俺はこのつまんねぇNPC女と一生城でつまんなく針の筵で過ごさなきゃなんないの?
ありえねー。
ありえねーだろ。
剣も魔法もある世界の王子だぜ?
折角だから無双してぇ。
ウォルター自身は強くはねぇが、強キャラに指示して無双すんだ。
なにせこの自由すぎるゲームは百合ハーレムエンドまで用意されている。俺の好みは金髪碧眼の炎の魔法使い、伯爵令嬢ザビーネちゃん。パーティ構成をこの地味な女と組み替えてダンジョンにリトライしたい。それに俺の今世の昔の記憶ではザビーネちゃんのお父様からザビーネちゃんをパーティにどうかと勧誘を受けたことがある。その時はモブに目が眩んでいた俺が断ってしまったが。なんてもったいないことをしてしまったんだ。
そこでダンジョンがまだ未踏破であることに気がついた。
そうだ。魔王を倒せばトゥルーエンドに持ち込める。エンディングの上書きができるに違いない。その功績で役立たず認定されている主人公と婚約破棄してザビーネちゃんと結婚するんだ!
……流石にこの針の筵状態で今主人公と婚約破棄することなんてできない。ますます頭がおかしいとしか思われない。まずは実績を積み上げるんだ。
幸いにも今はノーマルエンド。この後のことは決められてない。
ダンジョンは50階なのにまだ半分くらいしか到達していない。なんでこんなとこでモタモタしてたのかわらかないけどとっととクリアして真実の愛の結婚だ!
待ってろ魔王! すぐにやっつけてやるぜ!
そんなわけで俺は頭を下げてアレクとソルにパーティ再結成を願い出た。物凄く気まずい空気が流れたものの、それは俺が恒常的に感じていた筆舌に尽くしがたい王宮での俺をとり囲む空気よりはややマシだった。アレクやソルとしてもグローリーフィアに潜りたいはずだ。そのためにこの国に来ているのだから。そしてグローリーフィアへの入場許可は貴族家当主と王族にしか発行されないのだから。
「もう一回潜るとしてパーティはどうすんだ。マリーはもう冒険には出さずに大切に城で守るんだとか息巻いてたじゃないか」
「ソル、代わりにザビーネちゃんをスカウトしてきた。ザビーネちゃんは伯爵家独自のパーティで27階層まで潜ってる。俺たちより深層だ。同行させてもらえればすぐにこの階層まで追いつけるはずだ」
「ザビーネ・フォン・アーバンと申します。ザビーネとお呼びください。魔法使いで炎属性の魔法が得意です」
アレクとソルはものすごく微妙な顔を見合わせていた。信じられない、あいつは正気なのか。そんな表情。
けれども俺は足元を見ていた。
外国から来た2人がすぐに組めるパーティはそうそうないはずだ。それに2人は男爵令嬢ですら仲間に入れたんだから伯爵令嬢であれば問題ないだろう?
「ザビーネちゃんは伯爵令嬢だ。マリーより身分は上だ。何をそんなに気にしているんだ?」
「はぁ? お前は何を言ってるんだ? 身分でダンジョン攻略難度が変わるわけがないじゃんか」
「ソルの言うとおりだ。マリオン嬢が加入する時に話し合ったことを忘れたのか。火力は俺とソルが担当する。だから追加するのは中途半端な火力ではなくバッファーを入れて底上げしようと。それにマリオン嬢の意気込みは本気だった」
「あの、わたくしも本気でダンジョンを攻略しようと思っているのですけれども」
「あ、いや、ザビーネ嬢をどうこういうわけじゃないんだ、すまない」
「バッファーより火力に決まってるだろ?」
2人はまた信じられないような顔をして押し黙った。バフ・デバフなんて誤差だ。俺の記憶でも大した違いは感じない。なんの意味がある。攻略対象である2人が主人公であるマリーに目が眩んでいるだけだろう。
それでもアレクとソルがダンジョンに潜るためには俺の許可状が必要だ。
結局2人はものすごく複雑な顔をしていたが、ザビーネを加えた4人パーティを再結成し、24階層から攻略を再開した。
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