第9話 トラック転生した私の前世
そもそもの疑問がある。
何故私がこの幻想迷宮グローリーフィアの世界に転移したのか。
ちくちくと針を布に進めているとなんとなく頭が空っぽになって、その時、たまたま前世で死ぬ直前のことを思い出していた。
簡単に言うと、ぱらりらぱらりらと突進してくる暴走トラックに轢かれたんだ。
そう。私はその時ファミレスから自宅に帰る途中だった。
当時の私の彼氏、それから私と彼氏の共通の親友の絵師ミフネと一緒に。
その日、珍しく私は仕事が休みだった。
縫製学校を卒業してテーラーで5年働き、そろそろ一人前になってきたころだった。
折角の休日だというのに私と彼氏と親友はファミレスに集まって幻想迷宮グローリーフィアを開いてぽちぽちとプレイしていた。
このゲームは乙女ゲーのはずなのに、何故だかたくさんの女性キャラが攻略対象として存在する。全年齢対象で絵がきれいなものだから、必ずしもプレイしているのは乙女だけではない。その自由度とやりこみ度からプレイヤーの半分くらいは男性ではないかと言われている。
「なぁミフネ。ほんとにそんなイベントあんのかよ」
「知らねぇし。つかそうとしか思えねぇし。面倒くせぇ。気になるならその握ってる薄い板で自分で調べな」
そんなふうに私に話しかけたのは親友のミフネだ。
ぱっと見、男にしか見えないスラリとした長身だけれど、女だとわかればパリコレのモデルかなにかとしか思えないスタイルのよさ。それがボサボサの長髪でダラっとファミレスのソファにしなだれかかりながらスマホを横にしている。
「そうだよ
「そういう
「アレクの作務衣アバターとソルの水着アバター」
「あいも変わらずアレクとソル推しだねぇ」
こっちの茶髪の中肉中背の将光は私の彼氏。ちょっとしたきっかけで知り合って、休日には一緒にだらけてゲームをしている。
「いいじゃん別に」
ミフネは『自分がイラストを提供している』と言って私たちをこのゲームの沼に沈めた腐海の住人だ。ミフネに会わなければこれほど酷い廃人にはなっていなかった気はする。
そう、あれはとても暑い夏だった。
フリードリンク片手に店員の鬱陶しそうな視線をスルーし涼しい店内でひたすら幻想迷宮グローリーフィアをプレイしていた。その快適さはたまにホットドリンクを取りに行くほど。
ゲームの中ではちょうど夏祭りイベント真っ最中。浴衣や水着といった限定アバターで溢れている。
私たちはゲーム内のそれぞれのパーティーでお祭り用に装飾された王都エスターライヒを彷徨い歩いたりモンスターを狩ったりしつつ、告知されていないイベントの開始を半信半疑で待っていた。
午後5時きっかり。
ゲーム内で突然予告のないアラートが鳴り響き、フィールド内が騒然とする。それも気になるけどそれより私は先ほどから店員さんが席の周りをウロウロしているのが気になっていた。
「やっとか。遅えんだよ。追い出されちゃうじゃんか」
「あのお客様、そろそろディナータイムになりますので」
「すみません、あと5分だけ」
はぁ、と呟き店員は立ち去る。
午前中から出張ってたからそろそろ限界。お腹もすいた。ファミレスで食事をするのは高くてもったいない。
だからイベント概要と制限時間だけ確認しておとなしくファミレスを追い出された。
外に出た途端うだるような暑さに首の後ろに汗が流れる。ようやく夕暮れ色に日が陰ろうとはしていたけれど、歩くアスファルトは放射熱を放ってじわじわと鉄板で焼かれているように熱さを跳ね返す。きっと誰も彼もが頭がおかしくなりそうな、そんな熱で満ちていた。
「ほらな、言った通りあっただろ、イベント。将光は約束通り飯奢れよ」
「そいやそんな話してたな」
「惚けんじゃねぇ糞将光。袋ラーメンでもいいからよぉ」
「それにしてもあのアバターよく審査通ったねぇ」
「そら俺が神絵師だからよ」
ミフネはえへんと胸を反らせた。
ミフネは神絵師である。そこは間違いない。だが狂気神絵師である。
このグローリーフィアは自由度が高すぎて百合ハーレムエンドやら主人公の触手変化エンドまである位だけれど、それ以外でもレーティングに触れない範囲で思いつく限り多分どんなエンディングでも何でもあるのだ。まあ、けもみみとか男の娘なんてものは序の口で。そしてその『何でも』を更に軽く超えてくるのがこの神絵師ミフネで、ソフト自体は全年齢対応なのにそこに果敢に挑戦するのもこの神絵師ミフネなのである。
「しかしこれよくマジで運営通したな。紐が服ってメタ概念てどうなのさ。もっと巨乳書けよ」
「洒落臭ぇ。そんな珍しさのカケラもねぇもん書いてもつまんねぇんだよ。あぁそれにしても糞運営め。無茶苦茶な取得条件設定しやがって糞面倒臭ぇ」
「そりゃTPOがあるんでしょうよ。これがゲーム内で溢れたらCMできないじゃん」
グローリーフィアは定期的にプレイ動画を集めて動画サイトにアップしてCMに使っている。そんな画面の端っこにミフネのグラが写り込んでいたら物議を醸しかねない。最近はなんとか委員会がすぐに出てきて文句を言うらしい。
ミフネはグローリーフィアに夏休み用イラストデータを納品したのに自分の作品が見当たらないから特殊イベントが予定されているに違いないと当たりをつけていた。それなりの報酬は頂いたので没になったとは考えがたいと言っていた。そして私のアレクとソルは人気のあるキャラだったしミフネのグラじゃないから、その取得条件はそこまで厳しくもないけれど、ミフネのアバターの取得難易度は運営が取らせるつもりがないなっていうレベルだった。廃じゃないと無理じゃないかな。
「糞。だがぜってー諦めねぇぞ。自分の絵がGETできねぇなんてことがあってたまるか」
「はは。まぁ頑張って」
とても蒸し暑い夏の夕暮れ。その夏初めてのひぐらしがカナカナと音を立て始めた瞬間。
話に気を取られていた私は暴走して突っ込んできたデコトラに撥ねられた。
そんな思い出を思い出しつつ、私たちはしばらく後に25階層の階層ボスに挑んでいた。
25階層のボス。それは階層ボスとしてはベタベタにベタで、そして言うまでもなく恐ろしく強大な存在。強敵。
フレイム・ドラゴン。
10メートルを超える大型モンスターでその皮膚は鋼鉄のように硬くその爪は生半可な鉱石でできた鎧では簡単に砕け散ってしまうほどの強靭さを持つ。それに、飛ぶ。飛んでしかも高温の炎まで吐く。多くの探索者がこの階層で攻略を諦めるのだ。
このグローリーフィアにおける前半と後半を分ける一つのターニングポイント。
けれども私たちはこの今までになく威圧的な鋼鉄の扉をこれから開ける。
「準備は大丈夫?」
「任せて下さいマリオン様」
「ああ、なんだかバフ前なのに心が高まるな」
「久しぶりだ、いっちょ頼むよ」
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、アレクサンドル・ヴェルナー・ケーリングとジャスティン・バウフマンに疾風の剣と風羽の靴を与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、ソルタン・デ・リーデルに叡智の冠と精霊の揺らぎを与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
そして私は扉に手を触れる。扉は僅かに熱かった。それだけでこの向こうに存在するフレイムドラゴンの息吹を感じる。
ごくりと喉を鳴らす。けれども私はジャスティンと一緒に潜ったあのユニコーンの扉ほどの絶望は感じていなかった。むしろ私たちは必ずくぐり抜けられる。そんな確信を抱いていた。
触れる扉を更に押すと強大な咆哮が鳴り響いた。フィールド全体を揺らすその大音量と存在感。私たちの視線の先には大きな羽を広げるフレイム・ドラゴンの姿。大きい。やはりとても大きい。けれども私たちは屈しない。
ーかのフレイム・ドラゴンの足を絡め取り、水で覆い鎮めよ。
その呪言を唱えると同時にフレイム・ドラゴンの足元に生じた大量の水がぐるぐると竜巻のように巻き上がり、その足を拘束しようとする。フレイムドラゴンに触れるそばから水は蒸発するけれど、その蒸気すらもフレイムドラゴンの頑健な体に絡みつき、その動きを阻害しようとする。
裁断の技術で私のバッファーとしての腕は格段に向上した。その付与を極限にまで高める術式を予め衣服に縫い込むことで最終的に発動される効力が格段に上がり、その効果が目ですら見えるようにまでなっていた。実際には目に見える以上に効果はあるはずだ。簡単な水分などフレイム・ドラゴンはものともしないはずなのにその足元に揺蕩う水の奔流は確かにフレイム・ドラゴンを拘束している。
そして私の目の前に光のラインが鮮やかに揺れる鎧と衣服を纏ったアレクとジャスティンが進み出て大剣と二刀流のショートソードを構え、そして私のすぐとなりでソルが風と水の精霊への祈りを捧げている。
私はその姿を見て確信した。絶対に負けることなどないと。
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